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2019年6月17日 (月)

議論すべきなのは何なのか?-老後2000万円問題について愚考する

 自民党は参議院選挙に負けるのではないか,という気がしてきましたね。金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」の報告書を受け取らないという意味不明の行為は,ちょっと考えられないことです。ワーキング・グループのメンツを潰しただけでなく,普通はこういうものは担当官庁が,その意向に沿った人をメンバーに選び,メンバーの発言内容をうまく取り入れながら(実に見事に)作文して原案を仕上げるという自作自演で(今回の報告書がそうだったという確証はありませんが),大臣が受け取るのは単なる儀式ということなので,それを受け取らないというのは,よほど大臣が動揺したのでしょう。国民に誤解を招くものだからと言っていますが,それなら誤解を解消すればいいだけです。国民に説明しても無理というのなら,そんな国民に選ばれているあなたたちは何なの,と問いたくなります。それに,報告書をなきものにするというのは,あたかも独裁体制が,確かに存在していたものを抹殺するかのような不気味さを感じます。しかも選挙のことを意識していると堂々と口にする自民党幹部もいて,国民もほんとうになめられたものです(ただ,自民党に代わる政党がないのも事実ですが)。
 公的年金を大きくあてにした老後の生活設計をしている人は,少なくとも真剣に老後のことを考えている人の中では,ほとんどいないと思います。私たちの世代でもそうですし,若者になれば一層そうでしょう。共働きが当たり前になったのも,現在の生活水準を維持する目的もありますが,老後のために少しでも貯蓄しておかなければいけないという意識によるものでしょう。でも貯蓄だけだと老後の準備としては足りないので,きちんと投資をして資産形成をしましょうというのが,今回の報告書なのでしょう。そこまでは,あまりにも当たり前のことです。今回「なきものにされた」とはいえ,この報告書のおかげで,日本人がもっと投資に関心を示すようになれば,それだけでも報告書には意味があったのかもしれません。
 政府は,公助から自助なのか,と問い詰められていますが,堂々とそうだと答えてもらいたいものです。老後の生活保障はもはや国だけではとても無理で,国民自身が主体的に取り組んでいかざるを得ないのです。そして,そのことは国民の多くはわかっているのです。自分たちが祖父母世代と同じように老後を送れると考えている日本人なんてどこにもいないのです。選挙のために隠すと,かえって政府の隠蔽体質を露呈して票を落とすことになるでしょう。
 もちろん,自助というだけで放置するのは無責任です。自助をサポートする公助も必要です。
 私は,今後,フリーで働く個人が増えるという文脈のなかで,基本的には自助だが,セーフティネットも必要と述べて,公助や共助のことに言及しています(拙著『会社員が消える』(文春新書)の第4章)。セーフティネットには,貧困になったときのサポートもありますが,貧困にならないようにするための予防的サポートもあり,これもセーフティネットに入れるようにと提言しています。この予防的サポートこそが,これからの社会保障の重要な分野になると考えています(社会保障法学者からは,とても相手にしてもらえないような議論でしょうが)。私は,その予防的サポートとして,職業教育のことを挙げましたが,とくにお金のことについていうならば,投資教育も挙げるべきでしょう。ファイナンスの知識は,個人が事業資金を得るためにも必要ですし,老後の生活のためにも必要です。後者の面では,政府は国民が資産形成をしやすいような制度作りに尽力すべきですが,それは現在の厚生年金ではなく,確定拠出型の個人年金を中心にしたものとならざるをえないでしょうし,しかも制度を活用できるだけの知識や情報を与える教育も必要なのです(先日のゆうちょ銀行の投資信託不適切販売のような事例に厳正に対処するのも政府の重要な仕事ですhttps://www.nikkei.com/article/DGKKZO46135270U9A610C1EA4000/ )。
 いずれにせよ,老後の生活設計は,人によって違います。生きていくのに最低限のお金があればいいという人と,現役時代の生活水準を維持したいという人では,準備すべき資金の量も変わります。そう考えると,政府がやるべきことは,資産形成に必要な教育をしっかりやったうえで,老後の資産形成は個人に任せること,ただし,実際に生活リスクに直面した人(最低限の生活水準を送ることができない人)には,政府がしっかり生活保障をすることです。後者は,生活保護の延長のようなものとなるかしれませんし,最低基礎年金のようなものに組み替えることになるかもしれませんし,金銭だけでなく,医療,介護,種々の生活サポートが含まれます(その先には,ベイシックインカムの議論もあります)。
 これは要するに年金廃止論です。100年安心というのは,制度がなんとか存続し続けるということを意味するだけで,国民の給付の水準は下がっていくことは避けられません。国からもらえるものがなくなるというのは大きな不安を与えますし,これまでの保険料納付分に対する配慮は必要ですので,廃止するとしても移行期の対策をしっかりすることは必要です(廃止反対論者は,この移行期のコストが甚大と考えるのですが,できるだけコストを小さくする方法もいろいろ提案されています)。大事なのは将来のシナリオです。国民は,ほんとうに年金の保険料を支払い続けたいのでしょうか。厚生年金に入らなければ損をするとよく言われていますが,それは現在の年金制度が存続することを前提とした話です。しかも現在の年金制度には税金が投入されていますし,制度維持には税金投入が増える可能性もあり,そこでは実は税金という名の保険料が支払われているのです。それを知ったとき,老後資金は自分でしっかり工面して国に面倒をかけないから,保険料もとらないでほしいという国民は,もっと出てこないでしょうか。
 老後の所得保障は重要です。だからこそ,年金廃止も選択肢の一つに入れたうえで,いかにして本当の意味で100年安心の所得保障制度を構築するかと議論を,政治の場でやってもらいたいです。それでもやっぱり現在の年金制度を続けたほうがよいという説得的な理由が示されれば,それはそれで幸せなことなのです。ただ,私はそれについては悲観的ですが。

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