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2019年6月 9日 (日)

ポピュリズムと労働政策

 古代ローマ帝国の「パンとサーカス」に示されるように,ポピュリズム政策は,国民を堕落させ,ひいては国家の衰亡につながるというのが歴史の教訓です。今日の労働法に関する諸々の施策が,古代ローマにおける食料(パン)の無償供与に相当するようなものでないのかが気がかりです。とりわけ最低賃金の引上げ論が問題です。これは,ある面では,労働者に対する賃金の「無償供与」のようなものです。これまでの時給が,自動的に上がるわけですから。しかも,これが中小企業の補助金とセットになっていれば,今度は中小企業への賃金原資の「無償供与」のようなものになります。そういうことをやる政権は,「無償供与」を受ける側からすれば,良い政権だと思うでしょう。日本全国の中小企業やそこで働く人に恩恵が及ぶこういう政策は政治的な効果が絶大で,選挙が近づくと,やりたい誘惑に駆られるでしょう。しかも保守政権がやると,本来,リベラルな政権がやりそうなことなので,リベラル派の野党からの批判がされにくいというメリットもあります。
 ローマでの食糧供給は,Wikipedia情報ですが,「公の場で行われ,受給者は受け取りの際には物乞い行為が大衆の視線に晒されるリスクを負わされた。この配給の仕組みによって無限の受給対象者の拡大を防ぐことが出来た」ということのようです(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%82%B9)。ところが,現在の最低賃金の引上げは,「物乞い」のようなものではなく,法律上の裏付けがあるかのようなので,堂々と供与を受けることができるのです。政府も,これはみなさんの権利です,というような顔をしています。ほんとうに法律上の明確な裏付けがあるのだろうか,という疑問は先日書いたので,ここでは繰り返しませんが。
 もちろん政権が,国民の喜ぶ政策を打ち出すこと自体は悪いことではありません。むしろ,そういうことは進んですべきです。しかし,それが国民の中長期的な利益になっているのかを,よく見極める必要があるのです。賃金制度をどのように設計して,どの程度の水準で支払うかは,個々の企業の人事政策の根幹に関わるものです。賃金をどう払うかは,企業が「答え」を出すものです。政府は,「答え」を与えるのではなく,良い「答え」を引き出せるような情報提供や環境整備をどうするかを考えるべきでしょう。AIなどの先端技術への対応が,そのための有効な手段ですが,その点はなかなか進んでいないようです。最低賃金や同一労働同一賃金といった「答え」に手をつけるのは,企業や国民を堕落させる誤った政策なのです。ましてや,労働者の購買能力を高めて消費を増やすという目的にも貢献しないのではないかという指摘もあり(6月8日の日本経済新聞朝刊の「マーケット商品」欄の「バイト時給に天井感」),そうなるとなおさらです。
 労働者の生産性が高まり,それが賃金に反映し,消費に回ったり,税収の増加につながったりするのには,時間がかかります。だから政権は,とくに選挙が近くなると,将来に禍根を残すおそれのある政策であっても,それに手をつけたくなるのです。
 実は私は民主主義というものに,最近疑問をもっています。とくに選挙というものに対する評価をもう少し考えなければならないと思っています。それは,また別の機会に改めて書くことにしますが,とにかく選挙が近づくと,問題のある政策が出てきそうになるので,警戒する必要があります。

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