« 労働者協同組合 | トップページ | 非正社員改革 »

2019年3月 4日 (月)

Tocquevilleの結社論

 敬愛する経済学者の一人である猪木武徳先生が編者となった『<働く>は,これから』(2014年,岩波書店)の最後に,猪木先生自身が「中間的な組織での自由な労働」という論文を執筆されています。国のためでもなく,個人の私的な利益のためでもない,中間的な組織のために働くというなかに,「自由な労働」の実現可能性がある,という主張です。そこで度々引用されていたのが,Tocqueville(トクヴィル)の「アメリカのデモクラシー」です。

 Tocquevilleは,名門貴族の子息ですが,フランス革命後の混乱期に,アメリカに10カ月ほど滞在し,アメリカの民主主義の状況をみて,それが成功しているとみて分析をし,結論として,アメリカは個人と国家の間をつなぐ「結社(association)」がうまく機能しているのに対して,フランスは中間団体をつぶしてしまったために革命と反革命が繰り返されるなどの不安定な状況になっているというのが,よく紹介される彼の議論です。

 猪木先生は,このTocquevilleの結社論もふまえながら,日本での結社の実例を紹介し,さらに労働金庫,労働組合へと分析を進めていきました。

 これだと,昨日紹介した労働者協同組合の話に行きつきそうな感じがありましたが,猪木論文では,そこには行っていません。ただ内容的には,猪木先生の考える自由な労働を実現する中間組織としては,労働者協同組合が一番合っているかもしれないなと思いました(なお,アメリカの議論を参考にしながら,比較的近い発想で集団を論じたものとして,水町勇一郎『集団の再生-アメリカ労働法制の歴史と理論』(有斐閣)があります)。

 ただ,猪木先生の結社に着目される気持ちはわからないではありませんが,(私の理解不足があるのかもしれませんが)私とは方向性が違います。実は私の博士論文をまとめた『労働条件変更法理の再構成』(1999年,有斐閣)の根底にあるのは結社論でした。この論考で,私は個人の「不同意の自由」をキーコンセプトとして,集団からの個人の自律を説き,そうした自律した個人の主体的な結社である労働組合こそ,個人を規律する法的正統性があるという議論を展開しました。このキーコンセプトに基づき,具体的な解釈論として,就業規則の不利益変更に関する判例の合理的変更法理(現在の労契法10条)を批判して,集団的変更解約告知説(個人の不同意の自由を貫徹したもの)を提唱し,ユニオン・ショップ違憲論を唱えて労働組合の任意団体性を貫徹させ,そうした任意団体としての労働組合が民主的に決定した事柄には組合員は従わなければならず,司法審査は不要とする見解(不利益制限法理の否定。この点は,後に『労働者代表法制に関する研究』(2007年,有斐閣)でも展開しています)などに具体化させました。

 結社は大切だけれど,まず集団から個人を解放しなければならず,そこで自律した個人が自己決定した結社でなければ意味がないと考えたのです。日本において結社論をやるには,この集団を一回解体するプロセスを経ることが必要です。ところが,現在においても,まだ集団は解体プロセスを経ていないまま非自律的な個人の集合体にとどまっているというのが私の認識です。それゆえTocqueville的な結社論を,ましてやアメリカをモデルにしながら論じるのは,時期尚早であり,あるいは,根本的に間違った方向である可能性もあると考えています。

 中間組織の議論は,とても難しいです。私は比較的最近でも,有斐閣の法学教室に4年前に「憲法の沈黙と労働組合像」という論文を発表しており,そこでは違った角度から,このテーマについて論じています。この論文では,憲法28条の保障する団結権が,勤労者個人にあると定めていることに着目しながら,労働者の連帯のあり方を考察したものです。そこではfragmentationatomizationを批判しています。その意味は,結社礼賛論ではなく,労働組合自体が個人を基盤にできないまま,「細分化」し,「原子化」してしまったままであることへの批判なのです。そして,労働者の職業選択の自由を保障するためにも,職業を基盤として自律した個人が自分たちの職業上の利益を守るために連帯していくことが,憲法の理念に合致した労働組合のあり方ではないか,ということを書いています。 そこでは,すでにフリーの個人自営業者のことも視野に入っていました(憲法の「職業」論は,雇用労働者よりも,個人自営業者のほうがぴったりする面があります)。

 中間組織は,ときには個人を抑圧し,ときには相互にいがみ合います。理論的に民主主義の補完物になりえることは否定しませんが,そうなるために必要なのは,まずは自律した個人なのです。その個人の再生のないまま中間組織に多くの期待をすることに,私は逡巡せざるを得ないのです。

 残念ながら私の20年前の著書で書いた問題状況は,完全には改善されていません。

« 労働者協同組合 | トップページ | 非正社員改革 »

法律」カテゴリの記事