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2019年3月18日 (月)

明石市長選挙に思う

 明石市長選挙が行われて,泉房穂前市長が再選しました。暴言問題がマスメディアで叩かれて辞職し,しかし市民の声に押されて立候補し,再選しました。テレビでは「火をつけてこい」などといった過激な発言部分が何度も報道され,パワハラ市長というイメージが植え付けられました。ただ,比較的早い時期に,神戸新聞で泉氏の発言の全体が報道されて,個人的には,こりゃ当該職員に対して市長が怒るのも当然だという印象をもっていました。そもそも以前から,隣の明石市は頑張っていて,市長が良いという評判を聞いていました。そうしたことから,今回の選挙で泉氏が立候補すれば再選されるであろうことは,ほぼ予想できることでした。

 もちろん,外面はよくて,内には厳しいというのは,よくあることです。日頃から口が悪くて,傷ついている職員が多いということもあるのかもしれません。ただ(私は明石市民ではありませんが)市民からすると,とっても職員に評判がいいけれど,何もやってくれない市長と比べると,どっちがいいのかは明らかです。職員の叱責の仕方は改めるべきだとしても,この程度のことで(というと怒られるかもしれないのですが)辞職をして,市長選をやるほどのことなのでしょうか。いったい,いくらの費用がかかっているのでしょうか。私は税金をもっと大切にしてほしいのです。

 ということで,泉氏は辞任する必要はなかったと思います。彼は感情に動かされて過激な発言をした自分を恥じたのかもしれませんが,もしそういうことでしたら,自分本意の理由での辞任です。投票率は半分程度ですが,7割近くの得票率を得て圧勝した選挙結果をみると,今回の選挙は税金の無駄使いだったのだと思います。泉氏は歯を食いしばっても辞任せず,1円たりとも税金の無駄が生じないようにすべきでした。4月には,また選挙があるそうです。余計な費用が発生しないようにすることこそ,市民への責務だったのです。

 一方,マスメディアにも言いたいことがあります。マスメディアは,権力を批判するのが仕事です。そのために,広範な自由が保障されるべきだと考えています。私も他の人に負けないくらい報道の自由は大切だと思っているつもりです。しかし,マスメディアも一つの権力です。それにともなう責任があります。自由を保持するためには,同時に責任を守らなければならないのです。それを忘れれば,権力の側は,目障りなマスメディアの自由を制限しようとしてくるでしょう。
 かつてフランスのマスメディアは,ミッテラン大統領の私生児問題を報道しなかったといいます。スキャンダルにしようと思えばできたのでしょうが,それがミッテランの政治手腕とは無関係であり,国民のためにならないと判断したからでしょう。

 もちろんマスメディアも万能の裁判官ではありません。判断ミスもあるでしょう。しかし,自分が報道しようとしていることが,どの程度の問題なのかを,自分たちの報道のもつインパクトもふまえて,判断するだけの最低限の力は必要です。その力をもたない者は,マスメディアを使って報道してはならないでしょう。

政治家の進退にかかわる問題は,芸能人の離婚とかそういったレベルのネタではないのです。

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