2019年2月22日 (金)

動かずに働く

 地方に住んでいると,出張はつきものです。神戸大学の教員も,重要な仕事は東京であることが多いので,出張に頻繁に行っています。私も若い頃は,週に1回くらいのペースで行っていたこともありました。金曜日には授業を入れないようにして,そこを出張日に当てていたこともありました。逆に東京の先生に聞くと地方に出張に行くことはほとんどなく,出張に対する感覚がずいぶんと違っているのに驚いたことがありました(出張をどことなく楽しみにしているようでした)。

 しかし,私自身はここ23年,出張をできるだけしないようにしています。そのため,断る仕事も増えています。役所関係では,霞ヶ関にまでやってこいという感じで,Skypeなどはまかりならんという態度のところがまだあります。2年ほど前のことですが,総務省のある会合でも,Skypeはダメということがありました(悪いジョークとしか思えません)。私はずっと腰痛をかかえていて(肥満が主たる原因なのですが),昨秋から右膝も少し痛めていて,新幹線や飛行機の長時間の移動はできるだけ避けることにしていますが,それ以上に,自宅から東京への往復だけで半日くらいかかり,身体への負担が大きいことも問題です。翌日がとくに辛いです。その補償が十分にあれば少しは考えますが(新幹線や飛行機の席をアップグレードしたり,日帰りせずに宿泊したりするための原資となりますので),そういうことにはなりません。

 ということで,まったく出張しないわけではないものの(たとえば,どうしても行ってみたいというようなところからの好条件でのオファーが来たりした場合),できるだけ動かないようにしていて,遠方からの仕事の依頼は,自宅から会議に参加することを希望するようにしています。一昨日は,東京でat Will Workが開催したイベントに「登壇」しましたが,それはSkypeによるものでした。この主催者はSkypeでの参加の希望をいうと,あっさり受けてくれました。事前の打ち合わせもSkypeです。さらに関連する取材もSkypeです。これだと日程調整も簡単で,仕事の効率化も図れます。こういうのが当たり前のようになってほしいです。

 今後は,講演,会議,イベント参加など,それまで物理的に集まってやっていたものも,オンラインで集まるのが普通になると思います。現状では,こちらから,「Skypeでの参加でよいですか」(別にSkypeでなくても,Zoomなどでもいいのですが)と,どことなく無理を頼むような感じで打診することになるのですが,そうでなく,自宅から参加することがデフォルトで,依頼者のほうが,「現地に来ますか」と問うような時代が来てほしいです。

 職場にしても同じです。大学も将来的にはすべてテレワークにすべきだと思っています。授業はオンラインで可能なはずですし,学生も自宅から授業に参加すればいいのです(学生が授業に参加しなくなるのではという懸念に対しては,学業に意欲のある者を選別できてよいという反論をしたいです)。研究や教育のために施設が必要な場合は別として,たんに講義をすることだけでいえば,大学に教師や学生が集まる必要性はなくなっています。

 人々が地域に根ざした生活をし,仕事のためにわざわざ移動するということができるだけない社会をいかにして実現するかが,これからの課題です。そのためには,私も身をもってテレワークで,できるだけ「動かない」で働くことを実践できればと思っています。5G時代が到来するなか,決してこれは夢物語ではないと思います(私の場合,これが肥満につながり,それゆえ「動けなくなる」という悪循環に陥る情けない話になっているのですが,これはテレワークが悪いのではなく,私の運動不足が悪いだけです)。

 「動かない」のは,場所的な問題だけでなく,個々人の「時間主権」の実現にもつながります。移動時の疲労やロスを減らすことが,可処分時間を増やします。そこであいた時間を,趣味ややりたい仕事や地域活動や家庭サービスなどに充てるというのが理想なのです。私が近著『会社員が消える』で,テレワーク推進をしたのも,こうした社会になると展望しているからです。「働き方改革」という以上,それくらいまでやらなければ意味がありません。まずは役所自体が真の意味での働き方改革をすること,また役所の会合はすべてオンラインでやり,出張を前提としない体制にする(あるいは出張が不要な東京近郊の人だけでやらないようにする)ことから始めてほしいものです。

2019年2月19日 (火)

西村あさひ法律事務所労働法グループの著作

 西村あさひ法律事務所労働法グループが,出版面でも,精力的に活動されています。先般は,森倫洋編集代表『モデル就業規則 和文・英文対照(第3版)』(中央経済社)をいただきました。日本で働く外国人が増えるなか,実務家にとっても,英語で説明する機会が増えているでしょうから,こうした本はたいへん参考になると思います。
 研究者の立場からすると,「労働契約」という言葉をどのように訳そうかというところで躓いてしまい,なかなか先に進まないのですが,実務的観点からは,そんなこだわりは無用で,きちんと伝わることのほうが重要です。
 ところで,この「労働契約」という言葉ですが,とても難しいです。この本では,employment agreementと訳されていますが,「Japanese Law Translation」のサイトでは,labor contractとなっていますね。労働契約法も,Labor Contracts Actです。そのほかにも,類似概念として,contract of employment,contract of laborもあります。さらに,contract of serviceだって,人によっては労働契約と訳すかもしれません。これに民法の雇用契約との違いなんてことを意識すると,泥沼にはまってしまいます。
 それはさておき,すでに研究者の書いた労働法の教科書の英語版は,Kanowitzによる菅野労働法の翻訳(Japanese Employment and Labor Law)と東大の荒木尚志さんの書き下ろしの力作”Labor and employment Law in Japan"が二大作品だと思います。これらも合わせ読んで,日本の労働法の国際化対応を進めていく必要がありますね。
 西村あさひ法律事務所労働法グループからは,もう一冊,菅野百合他編『働き方改革とこれからの時代の労働法』(商事法務)も,いただいておりました。こちらはタイトルどおりの内容で,第1編「長時間労働の是正」,第2編「日本的雇用システムの変化」,第3編「ワークライフバランスの実現」,第4編「ダイバーシティの実現」,第5編「これからの時代の労働法」という,非常に興味深い構成になっています。とくにシェアリング・エコノミー,テレワーク,病気治療と仕事の両立支援,外国人雇用,LGBT,AIといった旬のテーマが盛り込まれていて,目次をみるだけでも手に取りたくなるでしょう。
 こういう新しい分野は,実務家が先行して次々と法的分析をしていく時代になってきている感じがします。実務家が結集・分担して検討し,手際よくまとめて迅速に成果を発表していく時代なのでしょう。立法の時代が進んでいくと,こういう傾向はもっと強まるでしょう。研究者は,解釈論の領域なら優位を発揮できるかもしれませんが,解釈論の重要性が相対的に減ってくると,労働法の文献は実務家に席巻されるかもしれませんね。そういうなかでの研究者の存在意義は,深い考察に基づいた理論的貢献をすることになっていくのでしょう。 若手研究者には,陸続と現れる優秀な実務家に負けないように頑張ってもらいたいです。

2019年2月17日 (日)

横田明美『カフェパウゼで法学を-対話で見つける<学び方>』

  横田明美『カフェパウゼで法学を-対話で見つける<学び方>』(弘文堂)をいただきました。お礼が大変遅くなりましたが,ありがとうございます。

 著者とは直接の面識はありません(たぶん)が,弘文堂スクエア仲間であったこともあり,お名前は知っていました。どことなく拙著『貴女が知らなければならない55のワークルール-女子力アップのための労働法』(2013年,労働調査会)とよく似た作りの本で,親しみがもてました。

 内容は,まじめに法学部や法科大学院で勉強しようとする人に向けられたものです。大学に入ったときは,みんな勉強意欲があるのに,だんだんサークルの先輩などから,手の抜き方を教わり,単位のとりやすい先生の講義の情報の収集に走るようになっていくというパターンが多いのですが,この本のような,まじめに勉強する方向に優しく誘導してくれる指南書があれば,学生もずいぶんと変わるのではないかと思いました。

 この本のなかには私の本も登場します。58頁では,私の『AI時代の働き方と法』(2017年,弘文堂)を素材にして,レポート課題の説明がされています。

 また268頁のコラムでは,社会科学分野を横断するという観点から,私が編著者の一人になっている『エコノリーガル・スタディーのすすめー社会を見通す法学と経済学の複眼思考』(有斐閣)が紹介されていますし,さらに驚いたことに,川口大司さんと執筆した『法と経済で読みとく雇用の世界―これからの雇用政策を考えるー(新版)』(2014年,有斐閣)も,とりあげていただきました。ストーリーが教育に良くないと言うことで,教科書採用にためらう大学もあったということを聴いておりますが,千葉大学では活用してくださっているということで,感謝申し上げます。

 この本のなかで,私がとくに関心をもったのは,「第V部 自分の未来を作るには-進路編」です。なかでも「 社会を変えるには?法学を軸に,他分野にも橋をかけてみる」と「学んだ後はどうするの?自分の未来のつくりかた」が重要です。私は大学での法学教育不要論を唱えているのです(南野森編『法学の世界(新版)』(近刊)の労働法編を参照)が,法学の素養をもった人が社会に必要であるということは全く否定していません。その意味で,法学の素養をもった人が,社会でどう活躍していくかという実践的なところにまで目配りをしているこの本はとても興味深いものです。

 それに私の新刊『会社員が消える』(文春新書)では,自分で学び,キャリアを切り拓いていくことの重要性を説いていますが,横田さんのこの本も,結局,こうしたコンセプトなのだと思います。法学部不要論をと唱えているとはいえ,現実には法学部生はたくさんいるわけで,そうした人がどのようにしてプロ人材になれるかもまた,私たち法学教員は考えていかなければなりません。横田さんの本は,そういう観点からも,とても重要なものだと思います。

2019年2月16日 (土)

雇用仲介と手数料

 長文のブログです。テーマは,労働法のマイナーな論点です(司法試験には出ません)が,実務的には重要なものです。

 ビジネスガイドの最新号で「リファラル採用」を採り上げたのですが,そのなかで扱った法的論点の一つが,職業安定法40条の解釈です。リファラル採用は,社員紹介制といって,これまでも存在していたものの一種といえますが,最近,専門的な職種について,餅は餅屋というか,蛇の道は蛇というか,同じ業種の専門家のほうが良い知り合いの材を紹介してくれるし,あるいはそうした人材の見つけ方を知っているということがあって,こうしたリクルート方式が注目されています。これは,職安法の規制する「労働者の募集」に該当するかがまず問題となりますが,職安法上,「労働者の募集」は,「労働者を雇用しようとする者が,自ら又は他人に委託して,労働者となろうとする者に対し,その被用者となることを勧誘すること」であり(45項),これに該当することは間違いないでしょう。現在,「労働者の募集」をする活動について規制の対象とされているのは,被用者以外の者に有償で労働者の募集に従事させる「委託募集」です(36条)。委託募集は,他の雇用仲介サービスと違って,委託した企業のほうが厚生労働大臣の許可を得て,また報酬額について認可を得る必要がある点に特徴があります。職業紹介であれば,許可を得なければならないのは,その職業紹介業者のほうであって,求人の申込みをした企業ではないからです。無償の委託募集でも届出が必要です。

 「労働者の募集」におけるもう一つの規制は,報酬関係です。労働者の募集を行う者(企業)も,有償ないし無償の委託募集に従事する「募集受託者」も,募集に応じた労働者からの報酬を受領が禁止されています(39条)。そして,もう一つある規制が,労働者の募集を行う者(企業)が,労働者の募集に従事する被用者または募集受託者に対して,賃金,給料その他に準ずるもの,または認可された報酬以外の報酬を供与することの禁止です(40条)。

 従業員となる人を紹介した従業員が特別な報酬をもらうと,この職安法40条に反するのか,反さないとすれば,それはどのような場合か,ということが問題となります。ネットでは,あまり確かな根拠のない議論が流布していますが,今回の原稿で,試論を提示してみました。従業員が企業に業務として命じられた紹介活動は業務なので,それに対する賃金をもらうことに問題はないが,業務としてではなく命じられた紹介活動は,一般の委託募集と変わらない規制(許可制と報酬の認可制)を受けるべきではないか,というものです。業務として命じられた場合には,賃金(あるいは特別手当)をもらえる以外に,社会通念上それに要する時間は労働時間にカウントされるし,その途中でケガをした場合には労災になるという見解です。

 これは職安法をにらんで考えた試論にすぎないので,いろいろ反論もありえると思います。これをきっかけに議論が活性化すればよいと思います(事業として行う場合しか規制対象とならないとか,相当な手当であれば,業務として行うかどうかに関係なく規制対象外とならないとか,いろいろな見解がありえます)が,そもそも委託募集の規制がどうあるべきかというところからも議論をする必要があります。確かに立法論としては,誰かに何かを頼んだときに,常識的なお礼をする程度であれば,法は介入しないということはあってよいという気もするのですが,その一方で,労基法6条はなお重いものです。雇用の仲介にお金が絡むことには慎重であるべきだという趣旨は,ちょっと堅苦しい気もしますが,今日でも維持すべきなのでしょう。

 これとやや似ているのですが,区別したほうがよい話があります。労働者派遣法30条の雇用安定化措置の一つとしてある派遣先への直接雇用がなされた場合について,派遣元が職業紹介の許可も得ているとき,紹介手数料をとってはいけないという,厚生労働省のQA(下記)をめぐってです。規制改革会議で議論されているそうです(八代尚宏先生からうかがいました)。

 

Q4: 雇用安定措置の一つである「派遣先への直接雇用の依頼」を派遣会社に実施してもらったのですが、派遣先からは、派遣会社に職業紹介手数料を支払うことができないので直接雇用できない、と言われています。この場合、派遣先は派遣会社に対し、職業紹介手数料を支払わなければならないのでしょうか。
A4:「派遣先への直接雇用の依頼」は、職業安定法上の職業紹介ではないので、派遣先は同法上の職業紹介の手数料を支払う義務はありません。
また、派遣先は、正当な理由なく、派遣先と派遣労働者の間の雇用契約を実質的に制限するような金銭については、支払う義務はありません。
「派遣先への直接雇用の依頼」は、派遣会社が労働者派遣法に基づき講じなければならない雇用安定措置の一つであり、派遣労働者の雇用の安定を確保し、派遣先での直接雇用に結びつけることを目的としたものです。これは、職業安定法上の職業紹介ではないので、派遣先は同法上の職業紹介の手数料を支払う義務はありません。
また、派遣会社と派遣先との間で金銭の授受があることにより、「派遣先への直接雇用の依頼」が不調に終わることは、雇用安定措置の趣旨に反するおそれがあり、問題があります。
なお、「派遣先への直接雇用の依頼」に際して、派遣会社と派遣先との間で金銭の授受があることなどにより、派遣先と派遣労働者の間の雇用契約を実質的に制限することとなれば、実質的に労働者派遣法第33条第2項に違反することにもなり得ます。

 

 厚生労働省が,このような判断をした理由の第1は,労働者派遣法3011号でいう「派遣先に対し,特定有期雇用派遣労働者に対して労働契約の申込みをすることを求めること」(直接雇用の依頼)は職業紹介ではないこと,第2が,手数料をとることは,労働者派遣法332項の「派遣元事業主は,その雇用する派遣労働者に係る派遣先である者又は派遣先となろうとする者との間で,正当な理由がなく,その者が当該派遣労働者を当該派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用することを禁ずる旨の契約を締結してはならない」(派遣元による派遣先の雇用を制限する行為の禁止)という規定に実質的に違反すること,のようです。

 第1の根拠については,労働者派遣法301項の雇用安定措置上の義務の履行であることと,職業紹介であることとは両立しないのかが論点となります。私は,労働者派遣法が義務づけているのは,4つの雇用安定措置のオプションのうちの一つを講じることにすぎず,直接雇用の依頼そのものを義務づけているのではないこと,および,法が与えた4つのオプションのなかの一つを選択して行った行為が,職安法41項の定義する職業紹介(「求人及び求職の申込みを受け,求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあっせんすること」)に該当するにもかかわらず,これを職業紹介に該当しないとするには,明確な根拠規定が必要と考えられるが,そうした規定は見当たらないことから,厚生労働省の見解には十分な理由がないと考えます。

 たしかに,法律上の直接的な義務の履行をしたのに手数料をもらうのはおかしいという考え方はありうると思いますが,労働者派遣法30条が派遣元に義務づけているのは,上述のように,4つのオプションのどれかにすぎません。そうだとすると,この規定は,派遣元に対して,手数料をとって職業紹介をして派遣人材を手放すか,それとも派遣人材を手放さないで派遣元で雇用を安定化する措置を講じるかの選択肢を与えた規定と解すのが妥当だと思います。

 第2の根拠については,直用化の際に派遣元と派遣先の間でかわされる契約は,手数料はとるが,派遣先での雇用を認めるという方向のものなので,33条の趣旨には実質的にも反しないし,むしろそれに沿ったものと考えられます。たしかに,手数料が高ければ,派遣先での雇用が進みにくいという事実上の影響はあるかもしれませんが,法的には,職業紹介に手数料を認める以上,そうした事実上の影響が出ることはやむを得ないことであり,しかも手数料は,職安法により規制されていることも考慮しなければなりません(32条の3)。

 また,派遣元が適法な範囲できちんと手数料をとれるようにすることは,派遣元から派遣先への労働者の移行をスムーズに進める効果が期待できるので望ましく,それこそが,労働者派遣法33条の趣旨に合致する解釈であると考えられます。

 上記の社員紹介制度の報酬とは逆の議論をしているように思えるかもしれませんが,派遣労働者の直用化は社員紹介の場合とは異なり,法律が仲介自体を求めているもので,望ましいとお墨付きを得ているものであり,労基法6条の世界とは無縁なものとみることができるので,結論が変わってくるのです。

 そもそも厚生労働省の解釈では,手数料が高いから直接雇用ができないといった口実で,無料で人材を確保しようとする派遣先企業を利することになることの問題性をしっかりみるべきだと思います。これまであれだけ批判の対象であった派遣先が,直接雇用をしてくれるとなると,ただちに善玉になり,派遣元に無料奉仕を強いるということにならないでしょうか。

 雇用仲介法の分野は,ほとんど研究者が手を出していません(教科書としては,鎌田耕一『概説労働市場法』(三省堂)があります)。規制緩和論として小嶌典明先生が長年,孤軍奮闘して論陣を張ってきましたが,それに続く研究者が出てきていないように思います。研究対象としてみれば,まだ豊富な宝が眠っている山かもしれませんよ。

2019年2月14日 (木)

会社員が消える

 新作が文春新書から出ます。『会社員が消える-働き方の未来図』です。メインタイトルはちょっと激しい文言ですが,新書で出す以上,この程度のものはありだと割り切っています(10年以上前に新潮新書から出した『どこまでやったらクビになるか』よりはマイルドでしょう)。内容は,昨年,労働新聞で連載した「雇用社会の未来予想図」をベースにしたもので,構成は大きく変え,また加筆もかなりしました。編集者からの最初のオファーは,労働時間関係のものだったのですが,それよりもこちらのほうが面白いのではないかと逆提案して,このテーマになりました。その結果,労働新聞で連載したものから大きく生まれ変わりました。編集者との二人三脚で,気持ちよく書き進めることができました。とくに本のなかでは謝辞を書いていませんが,この場を借りて,編集者の稲田さんには厚くお礼を申し上げます。

 コンセプトは,技術革新により,産業が変わり,企業も変わり,そして働き方も変わる,というものです。そして,新しい働き方に対応するうえで必要なのは,個人が自ら自分のキャリアを切り拓いていく力であり,政府は個人の自助を支えるために必要なサポートをしていかなければならない,というものです。これは,第一読者である稲田さんに向けたメッセージでもありました。決して未来が明るいとはいえないであろう出版業界の若き編集者に警鐘を鳴らし,問題意識をもってもらい,でもこういうようにやっていけば大丈夫だよという道筋も提示し,そして最後に自分の力が大切だよという発破もかけた,というところです。稲田さんに続く読者の皆さんが,どう受けとめてくれるかわかりませんが,共感するにせよ,反感をもつにせよ,それがどういうものであれ,自分のこれからのキャリアのことを真剣に考える一つの材料としてもらえれば,著者としてはそれで十分,執筆の目的は果たせたことになります。

 読者対象は,法律のことを何も知らない方を想定しているので,法律の話はほとんどでてきません。当初は条文名なども書いていて細々としたこだわりもしていたのですが,途中で書き直しているうちに,そうしたものをバッサリ切って(一部は解説で書いています),とにかく法律を何も知らないが,これからの働き方のことを考えたいと思っている人に,考える材料を提供するということを第一に考えました。読者として専門家の視線がちらつくと,どうしても些末な議論に入ってしまうのですが,そういうものは振り払いました。その点では,これまで書いた新書よりも徹底したものです(本文では引用した文献のみ挙げていて,専門書ではないので,巻末の参考文献などはつけていません。とはいえ,本書が多くの先人の知見の上に乗っかっていることは言うまでもありません)。

 ということで,本書は,弘文堂から2年前に出した『AI時代の働き方と法-2035年の労働法を考える』の一般の方向けバージョンです。あのときよりも,フリーの個人自営業者によりフォーカスをあてています。いま思えば20173月にフリーの研究元年と呼びかけたのですが,助走期間を経て,今年は本格的に研究展開のステップにしようと思っています。

 今月はジュリストにも「雇われない働き方」というエッセイが掲載されます(当初は論文を書こうと思ったのですが,執筆時期の私の脳がエッセイ風のものにしか対応できませんでした。同時にいろいろな執筆スタイルに切り替える力が,残念ながら弱ってきています。ただ,ジュリストなので,実務家の方に,問題意識をもってもらうためには,エッセイも悪くないと考えました)。またNIRAでもプロジェクトを開始しており,近いうちにキックオフ・ペーパーを発表し,今後はより具体的な政策提言にコミットしていくつもりです。

2019年2月12日 (火)

不適切動画投稿問題について思う

 アルバイトの不適切な動画投稿が話題です。会社が訴訟の提起も検討しているというニュースがネットで流れていました。食べ物をぞんざいに扱う見るに堪えない動画ですし,アルバイトたちの味方になるつもりは全くありませんが,だからといって会社がアルバイトに対して,民事訴訟で賠償請求することについては,「ちょっと待った」と言いたいところです。
 まず法的にみた場合,そもそも損害の立証が難しいこともありますが,労働法では,判例によって,会社から労働者への損害賠償責任を制限する法理があり,かりに損害が立証できたとしても大幅に減額されます。もちろん労働者に故意や重過失がある場合には,この法理は適用されないのが原則といえるのですが,他方で,会社の指揮監督下で働いている以上,そこで労働者が何かやらかしても,責任は会社にあるので,損害賠償請求などできないのではないかという考え方もあるところです(関連判例やその解説については,拙著『最新重要判例200労働法(第5版)』(2018年,弘文堂)の第12事件(茨石事件)に簡単にまとめています)。
 騒動の現場での詳しい就労状況はよくわかりませんが,仕事中にこんな悪ふざけができたり,それを動画でとったりすることができるような職場ってどうなっているんだ,というのが消費者の最初に抱く感想ではないでしょうか。アルバイトの人たちに怒りを感じるよりも,むしろ,そんなアルバイトの働き方を許してしまった会社のほうに怒りを感じるのではないでしょうか。そもそも,この動画って,会社の不祥事の内部告発的な意味もあるのではないかと思います(動機は公益目的ではなさそうなので,告発者自体を賞賛することはしませんが)。
 私は,常日頃,日本では,生活者(消費者)の論理が重視されすぎて,労働者の論理が軽視されることに問題があると言っているのです(たとえば拙著『雇用はなぜ壊れたのか』(ちくま新書)231頁以下も参照)が,これは会社が生活者に寄り添い過ぎて,労働者にしわ寄せが行っているという話です。しかし,今回の騒動の当事会社は,生活者に寄り添っているように思えません。労働者にも生活者にも寄り添っていないとなると,救いようがなくなります。
 会社が,アルバイト学生に民事訴訟を起こすのは勝手ですが,そんなことをしても,おそらく腕利きの労働弁護士が,ありとあらゆる知恵を働かせて,損害賠償責任制限の法理を主張してくるでしょう。とくに,会社が未熟な労働者を安い賃金で活用しながら,十分に管理してない状況で働かせていたなんていう事情がもしあれば,会社はほとんど損害賠償がとれない可能性があります(労働法上の損害賠償責任制限の法理を使うまでもなく,過失相殺などの一般の民法の法理も使えるかもしれません)。
 むしろ会社がやるべきことは,どうしたらこういうことが起こらないようにするかです。それに会社が労働者から損害賠償をとれてしまうと,会社には職場改善のインセンティブが出てこないことになり,そのほうがより大きな問題ともいえます。社員教育,労働者が誇りをもって働けるような職場の実現,そして適度のモニタリング(AIの活用余地もあります)など,こういうことに取り組むことこそ,会社が訴訟を起こす前にやることでしょう。
 余計なことかもしれませんが,社員への管理として,不祥事をすれば違約金をとるといった事前予防策を講じることは,労働基準法16条に違反する可能性があるので注意をしましょう。

2019年2月11日 (月)

山川隆一・渡辺弘編著『労働関係訴訟Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ』

  山川隆一・渡辺弘編著『労働関係訴訟Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ』(青林書院)を,山川先生から,いただきました。いつもどうもありがとうございます。裁判官を中心とした実務家が,労働法の主要テーマを一つずつ,掘り下げて検討し,自分なりの分析結果を書いたものを集めたものです。ずいぶん古い文献もあり,すでに私の頭では切り捨ててしまっていたようなものも参照されていて,たいへん勉強になりました((当時の?)進歩的な学者として,後藤清先生が登場しているのには驚きましたが)。裁判官の手によって,古き良き文献が掘り起こされたような気分です。私自身,ここのところ,ちょっと未来志向に走りすぎていたので,原点に戻れと諭されているような気分にもなりました。
 本書で採り上げられている各テーマは,冒頭に設問があり,それに答えるという形になっています。各テーマの書きぶりは個人に任せられているようであり,それぞれ個性があって良いと思いました。裁判例も豊富にとりこまれており,文献も豊富で,内容も手堅いので,研究者の半端なものを活用するよりは,こちらのほうが,演習書として活用するのにも適切ではないかと思いました。
 最近,私は,いかにしたら労働紛争が裁判沙汰になることを減らすことができるか,ということに関心をもっていて,判決よりも和解だという気持ちが強いのです(Pactum legem uincit et amor iudicium:合意は法律に,和解は判決に勝る)が,それはそれとしても,しっかり労働法を勉強している裁判官がいるというのは,心強いことです(もちろん裁判官も,和解をしっかりやってくれているのでしょうが)。

2019年2月10日 (日)

濱口桂一郎『日本の労働法政策』

  濱口桂一郎『日本の労働法政策』(労働政策研究・研修機構)をいただきました。
 どうもありがとうございました。 この本は,まさに菅野和夫先生が帯で書かれている「労働政策関係者の座右の書 日本の労働政策の歴史,基本思想,決定プロセス,体系,個々の制度内容,実施機構,等を余すところなく考察した労働政策の体系書。働き方改革関連法の深い理解のためにも必読。」という評価がぴったりのものです。
 そこでいう「労働政策関係者」に,研究者が含まれるのかわかりませんが,研究者にとっても,菅野和夫先生の教科書と並んで,座右において置かなければならない本でしょう。労働政策の形成過程は,近年の労働基準法改正や労働契約法の制定・改正くらいになると,かなりの情報もあるのですが,古い法律になると,立法の経緯がよくわからないところもたくさんあり,自分で調べていちおうこんなものだろうと思っても,自信がないことがよくあります。 この点,労働行政に精通されている濱口さんの書いたものであれば信頼性があるし,たいへん助かります。これからの研究は,個人で過去の立法政策を最初からたどる必要はなく,この本を出発点にできます。
 労働立法が,どういう社会的事情を背景に,どのように議論され,どのようなメンバーの委員で,どのように立案されてきたのか。今後は,こうしたこと自体が学問的な評価の対象となるのだろうと思います。立法政策学です。私がきわめてプリミティブなアプローチですが,昨年5月に「法律による労働契約締結強制-その妥当性の検討のための覚書き-」法律時報90巻7号7頁以下を執筆したのは,労働立法の政策決定過程そのものや,労働立法の事後評価も,アカデミックな検討の対象とすべきだという思いを示すためでした。立法政策学をアカデミックな分野にするためにもエビデンスが必要なのです。これまでだと,立法担当者の書いたものを読んだり,直接インタビューをしたりという手法が取られてきたのですが,ここまで精密にまとめられている本が出た以上,少なくとも労働法分野では,これ一冊で十分であると思われます。加えて,今後の政策課題が何かを考えるうえでも,この本が有用であることは間違いないでしょう。
 ところで私が,おそらく唯一,労働政策でかかわったことのある「働き方政策決定プロセス有識者会議」は,8行にまとめられていました(50頁)。あのとき自分自身は一委員としてそれなりに頑張ったつもりですが,不満も残る会議でした。いま振り返り,あのときのことが1000頁を超える大著のなかの8行に凝縮されており,不思議な感覚にとらわれています。歴史とはこういうことなのでしょう。 
  それはともかく,ちょっと調べたいことがあったので,索引をと思おうと,なんと索引がない!!!。若手を使えば作成できそうなものですが,それをさせなかったのは,上司として偉いと言うべきなのかもしれません。でも,この本には索引は必須でしょう。次の版で索引がつくのを祈っています。

2019年2月 9日 (土)

八田達夫・NIRA編『地方創生のための構造改革』

 八田達夫・NIRA総合研究開発機構共編『地方創生のための構造改革-独自の優位性を生かす戦略を』(時事通信社)をいただきました。いつも,ありがとうございます。この本の英語バージョンも,ありがとうございました(“Economic Challenges Facing Japan's Regional Areas”, Palgrave Macmillan(https://www.palgrave.com/gp/book/9789811071096))。
 本書の内容は,八田先生が「はしがき」で,きれいにまとめておられます。成長戦略としての地方創生のための具体的政策を提示することがこの本の目的です。サブタイトルにあるように,地方には独自の優位性があるはずですが,それを発揮できていないのには制度的な要因があるとし,規制改革と行政改革により,この要因を取り除かなければならないとするのです。
 規制改革については,農業,漁業,観光の3分野が,とりあげられています。どれも,既得権益をもっている団体や個人が,これらの産業の可能性を奪ってしまい,地方のもつポテンシャルを生かすことができていない,という問題があるようです。本書では,こうすればよいという具体的な提案も提示されており,せひ政府も検討してもらいたいものです。
 行政改革については,高齢化対応策,少子化対策,地方財政制度が,とりあげられています。ここでも,地方の自治体が,これらの対策をとれないのには,制度的な要因があるということが示されています。とくに少子化対策については,そもそも課題の設定が間違っているという重要な指摘もされています。東京圏への一極集中を止めることが,日本の人口減少の歯止めになる,というのは,事実誤認に基づく誤った政策であるというのです。東京圏の大都市の出生率は地方のいくつかの大都市に比べてかなり高い水準にある,というエビデンスをつきつけています。そうだとすると,若者が地方に移住しても,少子化は改善しないことになります。むしろ少子化対策として必要なのは,地方財政の改革であり,国が,各自治体に子育て支援の「モデル給付額」を支給し,自治体が子育て支援の財源負担をしなくて済むようにすればよいと提言されています。
 解雇の金銭解決に関して一緒にお仕事をしたときにも感じましたが,八田先生が経済学の理論モデルを使い,現実の制度の問題点を明らかにし,そして具体的な解決策を提示して政府を動かしていこうとする熱意には並々ならぬものがあります。頭脳のシャープさにには,先生よりもはるかに若い私でもついていけないくらいです。八田先生の情熱が,地方創生をめぐる政策の改善につながっていけばと願ってやみません。

2019年2月 7日 (木)

玄田有史編『30代の働く地図』

 玄田有史編『30代の働く地図』(岩波書店)をいただいておりました。どうもありがとうございます。

 30代の働く人に対して,これから生き生きと働くためには,どうすればよいかの道標となる情報を与えようとするのが本書の目的です。11のテーマで,それぞれの専門家が執筆しています。

 本書は,「ですます」調で書かれているので,一見,平易そうではありますが,内容はあまり簡単ではないなと思いました。まずは玄田さんの書かれた「序」と「結章」を先に読めばよいと思います。そこから興味をもった部分を,本文でしっかり読むというのが,専門的な知識のない一般の方にとっての,お勧めの読み方ではないかと思いました。

 30代というのは,確かに難しい年代だと思います。本書では直接的には扱われていませんが,AIのインパクトが直撃するのが,この世代です。働き方の常識が大きく変わります。玄田さんは職場の上司とのコミュニケーションの重要性を指摘していますが,会社のほうはその必要を強く感じていても,若者のほうからは,上司とのコミュニケーションなんて無理だよな,ということも多いでしょう。 

 だから,玄田さんも,会社や上司に頼らず自分でしっかりやっていくために,少しは政府の出したガイドラインとかを読んでおけよ,と言うのでしょうし,行政の相談窓口なども活用したらいいよ,ということになるのでしょう。ただ,現実には,ガイドラインは難しすぎるし,行政の相談窓口では,窓口のおじさんたちとのコミュニケーションがなかなか思うとおりにいかないことも多いでしょうが。

 いかにして信頼できるエキスパートを知り合いにもてるか,これが大切ですね。労働に関する情報は,ネット上に山ほどありますが,そのどこまでを信頼してよいか。それはちょうど自分が,労働以外の法律相談を受けたとき,どの弁護士を推薦したらよいかわからないとか,病気になったときに,どの医師のところに行けばいいかわからないとかと同じようなことでしょう。おそらく労働問題を抱えている人の多くは,どの情報が正しいか,あるいは誰に相談をするのが最も適切かわからず,頭を抱えているのではないかと思います。自分の悩みに答えてくれる信頼できる専門家をどのように見つけるかの道標を得ることが,生きていくうえで大切なことですね。その意味では,良い「つながり」を持っておくことが必要なのでしょう。

 本書の中身に戻って,私が注目したのは,第1章の佐藤博樹さんの書かれたところです。共感したのは,真の働き方改革は,「時間をかけた働き方を評価する職場風土の解消」と「時間意識の高い仕事の仕方への転換」にあるという指摘です。労働時間の規制が大切なのは誰も否定しないし,無駄な残業が駄目なのは誰も思っていることですが,どんなに法律が頑張っても,実際の会社には時間意識が希薄なことが多いのです。時間の問題は,法律マターにするのではなく,職場風土や意識の問題としてみるべきだというのが,本質をみた議論だと思います。

 体力もあり知力も向上の余地のある30代は,まだ可能性が大きく広がっています。仕事に無駄な時間を奪われないようにし,そして,自分の人生の戦略をしっかりと立てることが大切な年代です。本書は,そうした人たちにとっての,確かな道標になることでしょう。

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