2022年5月24日 (火)

義経伝説

 源義経は,平泉では亡くならず生き延びて,ジンキスカンになったという伝説はよく耳にします。奥州では,義経伝説はいくつもあるそうで,Wikipediaでも詳しく紹介されています。しかし,これはフェイクでしょう。
 今回の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では,義経が死亡したシーンは出てこず,義経の首桶が頼朝のところに送られてきて,頼朝が号泣するシーンだけでした。ただ,義経の死亡の直前,主人公の北条義時が義経と最後の会話をし,鎌倉攻略の戦法を記した手紙を梶原景時に渡すよう義時に頼むというシーンがありました。すでに藤原泰衡の軍勢がせまっていて,弁慶が仁王立ちで支えているという状況なのですが,義時は弁慶に案内されて義経のもとに連れてこられ,義経は義時に,いま来た道を通って帰れと指示します。そのあと義時が鎌倉に戻れたのですから,義経も脱出することは可能であったと考えるのが普通でしょう。ということは,三谷さんは,義経逃亡説も完全には捨てていなかったとみるべきなのでしょうね。判官贔屓の国民の一人である私も,義経は生き延びて,大陸で活躍したという話には,たとえ作り話であったとしても,ロマンを感じます。
 ところで,北条義時を演じる小栗旬が,頼朝や景時に反発しながらも,徐々に冷徹な武士の顔に変わりつつあるところが興味深いです。俳優としても,力の見せどころでしょう。義経を演じる菅田将暉も良かったです。悲劇のヒーローである義経ですが,その奔放さがうまく演じられていたのではないでしょうか。「麒麟がくる」のときの,信長を演じる染谷将太もそうでしたが,多くの俳優が演じてきた歴史上の有名人物を,少しイメージが違う若手俳優が演じるのは,新たな発見があって面白いです。
 義経亡きあと,いよいよ,頼朝と政子の子どもたちの悲劇の話になっていくはずです。頼家や実朝がどのように描かれていくかも,また楽しみです。

2022年5月23日 (月)

スキップされる授業

 いまはテレビ番組は,リアルタイムではなくても動画配信されるので,パソコンなどで,好きな時間にいつでも,適当に再生速度を調整したり,スキップしたりしながら,視聴するというのが普通になってきています。映画はさすがにスキップはしませんが,ときどき再視聴することもあり,そういうときはスキップもします。ということなので,学生のなかには,私のオンデマンド型の授業も,スキップしたり,再生速度を上げたりして視聴しているんだろうなと想像しています。私は,授業が長くなりすぎないように気にしながら話していて,それでも結局,長いものになってしまって学生に詫びたりもしているのですが,学生は私が思っている以上には長さを気にしていないかもしれません。
 学生も忙しいでしょうから,効率的に早まわしで視聴してもらって結構ですが,ただ学生が考えながら聞いていることを前提に話している面もあるので,復習時の倍速やスキップはよいですが,初めて視聴するときに倍速だと,理解が浅くならないかが心配です。ただ,理解しづらいときには,そのときは止めて聴き直せばよいともいえるので,こちらが心配するほどのことではないのかもしれません。こういうように,学生の方で,講義を好きなように,自分にあった方法で視聴できるというのがオンデマンドのよいところです。こうなると,大講義で聴くよりも,こっちのほうがよいということになりそうですね。もちろん学生に完全に自由にさせると,オンデマンドだと,ためこんで後でまとめて視聴しようということになりがちで,結局,試験前に超倍速で視聴しても,よくわからなかったということになりかねないので,私は授業時間割(オンデマンドでも時間割はあるのです)の日にあわせてアップロードし,それから一定期間が経てば視聴できないようにするという方法をとることにしています。
 これまでオンデマンドのときにはビデオオフにしていたのですが,対面型に近いものをということで,今回はビデオオンにしています。学生が目の前にいないので,対面に近いといっても限界があるのですが,要するに,教師の方が学生が面前にいなくても話せるかということのほうが大切で,学生側にとっては,対面であろうが,オンデマンドであろうが,オンライン・リアルタイム型であろうが,それほど差がないし,むしろ学習効果という点では,学生に好きなように対応できるオンデマンド型のほうが高いのではないかという気がします(もちろん科目の内容にもよるのでしょうが)。 
 これがこれからの学習のあり方だとすると,定年後は,どこの大学にも所属しなくても,労働法などのコンテンツを配信するユーチューバーとして頑張るという方法もあるような気がしてきました。そのためには視聴者にスキップされず,じっくり視聴してもらえるような「講義力」を身につけなければなりませんね。私のこれからの課題です。技能訓練は,生涯,続くのでしょうね。

2022年5月22日 (日)

名人戦第4局

 名人戦第4局は,渡辺明名人が勝って3勝1敗となり,防衛に王手となりました。斎藤慎太郎八段は,第3局に勝って勢いに乗れるかと思いましたが,力の差を見せられた感じです。実力的には紙一重の世界なのでしょうが,この大勝負で勝ちきれないのには,何かが足りないのでしょうかね。名人という夢のタイトルの重圧かもしれません。
 叡王戦第2局は,藤井叡王(5冠)が快勝で,2連勝となり,防衛に王手をかけました。出口若武六段はビッグタイトル獲得の大チャンスですが,相手が強すぎますね。
 竜王戦は決勝トーナメントの出場者が,だいぶん決まってきています。森内俊之九段も登場します。1組優勝の永瀬拓矢王座が挑戦権に一番近いところにいます。今年は6組優勝の伊藤匠五段も注目です。
 永瀬王座は,もうすぐ棋聖戦で,藤井棋聖に挑戦します。渡辺名人(二冠)や藤井竜王(五冠)がいなければ,もっとタイトルがとれていそうな永瀬王座ですが,おそらく全盛期にさしかかっているでしょうから,いまのうちにできるだけタイトルをとっておきたいところでしょう。
 四強のもう一人の豊島将之九段は無冠をそろそろ脱したいところであり,いま王位戦がタイトル挑戦に最も近いところにいます。挑戦者決定リーグの紅組で優勝して,白組優勝の池永天志五段と挑戦者決定戦を迎えます。新鋭の池永五段がチャンスをつかむか,豊島九段が藤井王位(五冠)から王位を取り返すかが注目です。

2022年5月21日 (土)

一太郎派

 山口県のどこかの町の誤送金が問題になっています。詳しい事情はわかりませんが,公金の扱いが杜撰であったことは間違いがないわけで,町長はかなりの責任を負わなければならないでしょう。こういう作業は途中で関わる人が増えるほどエラーが起こりやすいので,根本的にやり方を変えるべきでしょうね。報道によると,フロッピーディスクが使われていたということですが,そんなものはここ数年見たことがないので,まだ使われていたのが驚きです。デジタル化とかという以前のレベルで,よくそれで行政サービスができているなと思いますが,こういうのが日本の実情なのでしょうね。
 ところで,パソコンソフトの「一太郎」もまた,フロッピーディスクほどではないにせよ,絶命危惧種と呼ばれているようです。私は役所のようだとバカにされながらも,というか今では役所も使っていないと言われながらも,一太郎好きを公言しています。実際にはWordもかなり使っているのですが,原稿を書くときには,一太郎のほうが使いやすいので,一太郎を愛用しています。一太郎で書いた文書は,Wordで保存もできるので,相手によってはWordで送ったりしますが,文書作成のときは一太郎を使うことが多いのです。辞書もずっと使っているATOKです。日本法令の「キーワードからみた労働法」は,いまでも一太郎のままで原稿を送っているのですが,もしかしたら編集者に迷惑をかけているのかもしれません。15年も続けているので,実は困っていたのですと言われるのが怖くて,聞かないことにしています。ただ現在では,音声入力をするときは,Wordのほうがやりやすいため,最初からWordで書く割合はきちんと数えれば8割くらいになってきているかもしれませんが,しっかりした原稿を書こうとするときは一太郎なのです。
 一太郎とWordの併用と同様,私はノートパソコンも,Surface(Windows10)とMacを併用していて,これも大変です。基本的にはSurfaceなのですが,リモート会議などではMacのほうが画像がよいし,iPad やiPhoneを使っているので,その連携という点でもMacのほうがよいです。ということで,Macで文書を作成することもよくあるのですが,キーボードの配置や入力方法が違うので,最初は混乱していました(カタカナへの変換の仕方など)。いまではMacもかなり使いこなせるようになりましたが,ただ保存ファイルがどこにあるかわからなかったりするなど,1年以上使っていてもまだ十分に習熟していません。もっとも,いまは少しでもわからないことがあれば,ネットで調べればすぐに答えが出てくるので,あまり苦労しません。というか,それを当てにして,真剣に学習しようとしていないところもあります。これって,ネット時代の学生が真剣に勉強しなくなるのと同じことなのかもしれませんね。

2022年5月20日 (金)

やっぱりオンライン

 昨日は,「ビジネス+IT WEBセミナー」に登場しました。テーマは,「なぜいまテレワークなのか~その将来性と課題~」というもので,私は事前収録した動画の配信という形での参加です。拙著『誰のためのテレワーク?―近未来社会の働き方と法』(明石書店)のエッセンスを40分の講演にまとめました。大学でのオンデマンド型の授業も,同様の事前収録で,最近ではこのパターンにも慣れてきました。録画されているので,最初のころからは,ちょっとでもミスをすれば撮り直したくなるのですが,徐々に言い間違えや救急車の音が入ってきたりなどのことは気にならなくなりました。撮り直しができるというのは危険なことで,A型人間ならなかなか完了しないかもしれませんが,私はそうではないので,踏ん切りを付けることができるようになってきました(途中で声が枯れてあまりにも聞き苦しくなったときは撮り直したことはありましたが)。
 ところで,現時点でのテレワークの普及度はよくわかりませんが,出勤しない働き方は着実に増えていると思います。とくに学校でのオンライン授業がなんだかんだ言って少しずつ広がっており,そのメリットを実感している学生も増えているはずです。今朝のNHKの朝のニュースでは,北海道の地方の高校で,専門の教師がいない科目を,オンライン授業で補っているという話が紹介されていました。実家から離れず,自然豊かなところで,高度な勉強もできるというのは,まさに良いとこ取りであり,ICTの活用により,そういうことが可能となっているのです。今後は種々の教育コンテンツが,ネット配信されるようになり,自分の関心次第で,場所と時間に関係なく学習できるようになるでしょう。
 こういう学生が増えてくれば,企業だって,仕事のために特定の場所に集合させるという発想が時代後れとなる可能性があるのです。テレワークの将来性というのは,様々な点から根拠付けることができますが,オンライン慣れして,そのメリットを実感した「移動しない優秀人材」(正確には,自分の好きなところに住んだり,観光したりするためには移動するが,仕事のためという理由では移動しない人たち)に合わせた就業環境を用意する必要性からも,テレワークへの移行が進むと予想できます。

 

2022年5月19日 (木)

ローカル鉄道

  関西ローカルな話です。
 516日の日本経済新聞の春秋で,「先月,JR西日本が公表した採算性の低い30の区間には同線の谷川―西脇市の約17キロメートルが含まれ,地元では存続を危ぶむ声が強まっている」という記事が出ていました。私は母方の実家は社町(やしろちょう)駅が最寄りで,父方の実家の最寄りは加古川駅だったので,幼いときは,加古川から加古川線に乗って北上して社町駅まで行ったことが何度かありました。西脇市駅までは行ったことがなく,さらに谷川駅となると未知の地なのですが,利用客が少ないのでしょうね。加古川線は,いまはどうか知りませんが,阪急電車に慣れていた者にとっては,1本ごとの間隔が長く,電車もちょっと古くさくて,乗客も少なく,田舎に来たという実感を味わうことができました。社町駅に行くのには,西宮に住んでいた私は西宮北口から阪急に乗り,新開地で神戸電鉄(「しんゆう」と呼ばれていた)に乗り換えて,終点の粟生(あお)まで行き,そこで加古川線に乗り換えるという方法もあり,そちらのほうが,時間が少し短縮され,母にもこのルートで連れられていくことが多かったと記憶しています。そのうち中国自動車道を使って,バスによって,祖母の家の近くの滝野社インターチェンジの停留所まで行くことができるようになり,神戸電鉄やJR加古川線を利用することもなくなりました。
 神戸電鉄の途中では,鵯越(ひよどりごえ)という小さくて壊れそうな駅があり(いまはどうか知りません),これが大河ドラマでも話題になっている義経の「鵯越の逆落とし」の「鵯越」なのですが,そのほかにも三木(別所長治の三木城があったところ)や小野(東京オリンピックの陸上女子1500メートルで8位入賞という快挙をとげた田中希実選手の出身地)といったところを通っていきます。三木を過ぎ,小野まで来ると,もう少しで粟生ということで,おばあちゃんの家に近づいてきたという気持ちでウキウキした気分になったことを覚えています。
 神戸電鉄は大丈夫でしょうが,JRのローカル線は,採算という点では厳しいものがあるのでしょう。一度時間があれば,加古川駅から北上して,まだ行ったことがない社町駅より北の駅まで行ってみたいです。西脇は駅伝で有名な西脇工業があるところですしね。兵庫県民であっても,県は広大であり,南のほうは東から姫路までは知っていますが,北となると城之崎や豊岡や香住・浜坂のような最北以外はほとんど行ったことがありません。労働委員会の事件でも,名前もあまり聞いたことがないし,どこにあるかもよくわからない自治体の事件などもあって,もっと兵庫県のことを詳しく知らなければならないと思っています。

2022年5月18日 (水)

時間感覚

 NHKの「クールジャパン」で,少し前に,外国人の出演者が口々に日本人はミーティングの開始時間には厳しいけれど,終わりの時間はルーズだと言っていたのを聞き,ハッとさせられました。たしかに,そうなのです。開始時間の厳しさは,ミーティングに限らないことで,時間どおりに始まらないことに,日本人の多くはフラストレーションを感じます。自分は無理して時間厳守でやって来たのに,それを遵守しない人がいることに不満がたまるのであり,遵守しなくても許されるのなら,最初からそう言って欲しいと思ってしまうのでしょう。でも,遵守しなくてもよいというと,誰も守らなくて会が始まらないので主催側は絶対にそうは言わないでしょうが。
 個人には,それぞれの抱えているいろいろな事情があるわけであり,会議の開始時刻を厳守するために,それをすべて犠牲にする価値があるかは疑問です。会議ではありませんが,朝,幼稚園の時間に間に合わせるためか,子どもを乗せてママチャリで猛スピードを出している(しかも歩道を),ママがいるのですが,危険きわまりないです。そこまでして間に合わせなくてもよいのでは,と思ってしまいます。あるいは子どもを送ったあとの出勤時間に間に合わせるための猛スピードかもしれません。これはママが悪いのではないでしょう。朝はみんな時間がないのであり,多少の遅刻には寛大となるというような余裕のある社会に変われば,おそらくママも危険なことをしなくてすむのではないかと思います。なお,テレワークにすれば,出勤がなくなるので,時間厳守というのはそれほど無理なく実現できて,みんながストレスを感じずにすむかもしれません。
 一方,終了時刻のほうは,逆に予定時刻をあらかじめ決めて,それを厳守することが必要でしょう。そういえば,10年以上前,ゼミの時間割が5限となっていたのを信じて授業をとったが,実際には,それよりも1時間以上超えてもやっていて,これでは部活に参加できないので,ゼミを辞めたいと言ってきた学生がいました。学生には申し訳ないことをしました(学期が始まった後なので,他のゼミに入り直すこともできませんでした)が,その当時は,終了時間は先生が決めるのが当たり前という感覚でした。のみならず,ゼミの場合は,議論それ自体に意味があるので,あまり終了時間をリジッドに決めてしまうのは教育効果という点で問題があると思っていました。
 一方,職場での会議の多くは,そういうものではないでしょう。ワーク・ライフ・バランスの観点からも,終了時間がずるずると延びるのは問題でしょう。神戸大学では,会議は17時を超えてはならないということが決まったようで,会議の迅速化が進んでいます。たいへん素晴らしいことです。
 神戸労働法研究会では,終了時刻は適当で,議論が尽きるまでという感じでやっています。これは職場の会議とは違い,ゼミと同様,議論することに意味があるからだと私自身は考えていますが,参加者の方はどのように考えているかわかりません。怖くて本音を聞けないのですが,実は,次回から研究会発足後初めて,開始時刻を変更することになりました。開始時刻を2時間早め,終了時刻が遅くなりすぎないようにします。これまでは神戸大学という場所がアクセスしにくいこともあり,遠方から来てくれる人の都合も考えて,あまり早い開始時間にせず,また研究会後はゆっくり会食する(ゆっくりどころか終電をリミットとする)ということにしていたので,15時開始という設定にしていたのですが,オンラインとなって状況が変わりました。きわめて健全な研究会に生まれ変わり,もう対面型に戻ることはないでしょうが,ただそれとは別にオフ会を開くということは考えてみたいですね。コロナがおさまれば,みんな家族同伴で,合宿をするというようなことも考えてみたいですね。

2022年5月17日 (火)

税制調査会に登場

 今日は,政府の税制調査会でプレゼンをしました。内閣府のHPに,資料とともにアップロードされているので,関心のある方はご覧になってください(https://www.cao.go.jp/zei-cho/chukei/index.html)。私以外に,JILPTの濱口桂一郎さんとフリーランス協会の平田麻莉さんという大物が登場しています。
 私はリモート参加ですが,実はTeamsがうまくいかずに困りました。日頃は,Zoomしか使っておらず,労働委員会でもWebExですので(これもトラブルが多かったのですが),Teamsの利用経験はほとんどありませんでした。直前に画面共有機能の確認をしていたので安心していたのですが,本番では作動せずに困りました。結局,スライドは,事務局に投影してもらい,かえって楽をすることができたのですが,少しあわてました。またビデオオンにしていたのに,どういうわけか会場では私のビデオが映っていなかったようで,自分のプレゼンが終わってから事務局からのメールに気づき,結局,もう一度,接続し直したら,うまくいきました。原因は不明です。後半の質疑応答のときには間に合ったので,よかったのですが。前半も声は届いていたので,問題はなかったと思います。
 質疑応答は,3人ずつまとめて質問をいただき,それにまとめて答える方式というものでしたが,これがどうも私は苦手で,途中で質問の内容を忘れてしまうことが多いのです(私はメモをとるのが苦手なのです)。十分に答えることができなかったのが残念です。
 とくに最後のほうの質問については,社会保障制度の再編の話など,あまりきちんと答えられませんでした。言いたかったことは,企業を媒介としない個人中心のセーフティネットの構築をすれば,ポータビリティも確保されるであろうし,ここがしっかりしていれば,人々は安心していろんな形態で働くことができるだろうということです。個人ベースにしたら,企業負担がなくなるので助かるという中小企業関係の方の意見がありましたが,本音はよくわかるのですが,この場での発言としてはちょっとperplexing です。拠出が減ると,給付の内容も悪くなるのであり,そこをしっかり国民に説得するためには,中小企業の負担の軽減というような観点は出さずに,制度を個人ベースにして,働き方に中立的にすることのメリットが強調されるべきなのです。企業は,大企業であれ,中小企業であれ,様々な社会的責任をはたしてもらう必要があることは当然であり,その点では,かりに社会保障制度の枠組みでの負担が軽減されても,その他の面で,中小企業にも相応の負担をしてもらうことがあるでしょう。
 最後に,平田さんが,Public Benefit Corporation (PBC)との関係で,これ以上,法人をつくる必要があるのかという指摘をされた点は,とても重要だと思いました。私の今日のプレゼンでは,営利社団法人への疑問を述べており,その観点からは,PBCも注目されるのですが,実は非営利であっても法人というものをどう考えるべきか,ということは,できればもっと議論したいところでした。NPO法人だけなく,労働者協同組合も法人なのですが,社会課題の解決という観点からは,個人のアドホックな集合体がプロジェクトごとに集合するというものでもよいのです。法人化というのは取引の面や社会的な信用の面などでメリットがあるし,ひょっとすると法人税の徴収という観点からも何かメリットがあるのかもしれませんが,私たちの人間社会のなかに法人という無機質な存在を受け入れることへの違和感もあります(どこまで共感してもらえるか,わかりませんが)。ただ,PBCという仕組みのなかに,企業が社会的責任をはたすよう誘導するうえで,何か重要なメカニズムが組み込まれているのであれば,参考にするのに値するのかもしれません。この点は,もう少し勉強してみたいです。

2022年5月16日 (月)

燦燦

 「ちむどんどん」の主題歌で流れている,三浦大知さんの「燦燦」がマイブームです。天皇陛下のご指名で唄っていた歌手ですね。この曲をギターを弾きながら歌いたくなったために,何十年かぶり(たぶん30年ぶりくらい)にギターの弦を買い,張り替えました。いまではギターの弦も,ネットで買えるのですね(昔は楽器屋に行って買っていた記憶があります)。張り替えてみると,チューニングが大変でした。1975年に購入したものですから,骨董品ですね。おそらく耐用年数を超えているのでしょう。でも,これまで幾度の引越の際も,ずっと捨てずに持ってきたもので,いまとなれば私の中学時代に持っていたもので唯一残っているものなので,簡単に捨てることはできません。
 もちろんギターが古いだけでなく,私の指も思うようには動いてくれません。10年くらい前までは,六甲道近くのバー「Libertà」にギターが置いてあって,そこでたまに弾くようなこともあったのですが,その店もいまはなく,長い間,ギターは弾いていませんでした。コードは覚えているのですが,指の感覚が全然違うのです。Fがきれいに弾けないので,初心者レベルに逆戻りです。アルペジオもスリーフィンガーも,思っているように指が動きません。これから長い長いリハビリが必要ですね。
 話を戻すと,「燦燦」は後世に残る曲となるでしょう。沖縄ソングというわけではないのでしょうが,心に響きます。その流れで,BEGINも夏川りみもマイブームになっています。昨日のブログでは,沖縄にDXの最先端に立ってほしいということを書きましたが,それは,沖縄の豊かなアナログ文化との相乗効果も期待してのことです。たとえば,私が,沖縄から発信される素晴らしい楽曲を,インターネットを通じて,神戸においてリアル感覚で楽しむことができるというのも,沖縄のもつすばらしい財産です。沖縄は,その豊かな自然,すばらしい人や音楽という,傑出した財産があるのであり,それをうまくデジタル技術と融合させることもまた,沖縄の将来性を戦略的に考えていく際の重要なポイントとなるように思えます。

2022年5月15日 (日)

沖縄こそDXの拠点に

 今日は沖縄返還の日で,50周年の記念の年でもあります。「ちむどんどん」(欠かさず観ています)では,ちょうど主人公の比嘉暢子の東京出発と沖縄返還の日が重ねられていました。
  この時期は,沖縄の早い梅雨にぶつかりやすいのでしょう。50年前も今年も,5月15日は雨だったそうです。2011年に沖縄で日本労働法学会があったときも,あまり天気が良くなかった記憶があります(私もオランゲレルさんの報告の司会で行きました。その後,みんなで首里城に観光に行ったことを覚えています。首里城があんなことになるとは悲しいです)。
 沖縄返還といえば,憲法判例でも出てくる西山事件が有名です。アメリカと日本との間で,米軍基地の返還費用を日本政府が肩代わりするという密約をすっぱぬいた毎日新聞記者が,国家機密の漏洩として起訴されて有罪となったものです。国家の隠蔽体質が明らかにされ,この密約はいまなお沖縄返還後の米軍基地問題などが解決されていないことの原因にもなっているように思います(事件は,スキャンダラスなハニートラップのような報道の仕方がされましたが,この問題の本質は,そういうところにはありません)。
 ウクライナの問題があり,ロシア,中国,北朝鮮という核保有国の脅威が現実のものとなりつつあるなか,対中国という観点からの沖縄の重要性がいっそう高まっています。逆さ日本地図というものがありますが,これでみると,日本列島と台湾の中間にある先島諸島などは,中国が太平洋に出て行く際にどうしても通らなければならないところであることがよくわかります。アメリカにとっても,沖縄をおさえておくことは,対中国という点では,どうしても必要なのでしょう。だからといって沖縄に基地の負担をおしつけていてよいわけではありません。ただ,どうしても避けられない地政学上の要衝であることを理解したうえで,どう沖縄の基地問題と向き合っていくかを,私たちは考えていく必要があります。反対もいいのですが,対案が必要でしょう。
 基地問題と並んで,沖縄と本土の経済格差も大きな問題です。ただ,この点については,沖縄のほうにも戦略が必要です。WBSの原田亮介キャスターも言っていましたが,沖縄はシンガポールを目指すというのも面白い発想だと思いました。またNHKのニュースでは,沖縄でシングルマザーにITの教育をしているということも報道されていました。沖縄は,観光以外は目立った産業がないのですが,それゆえに思い切った経済政策をとることができるのではないかと思います。教育面でもデジタル産業に特化したものとし,世界から人材を集め,これからの日本のデジタル技術の発展拠点にすればよいのです。自然豊かな沖縄は,ワーケーションの場でもあります(私も移住したいくらいです)。情報インフラを徹底的に整備し,本土ではぐずぐずしてなかなか進んでいないDXの先頭に立って,引っ張る存在になってもらえればと思います。そうすれば,沖縄は20年後くらいには,日本で最も豊かな県となり,基地なくしても経済的に自立できるかもしれません。
 コロナ前の20199月に,当時からすでに出張は控えていたのですが,沖縄経営者協会のお招きで,沖縄ならぜひ行きたいということで講演をお引き受けしました。そのときのテーマは,「デジタル経済社会の到来と企業経営」というものでした。聴衆の反応は,すごく受けが良かったというものではありませんでした。あの頃は,こういう話をどこでしても,経営者の方からの反応はいま一つだったので,仕方がないのですが,沖縄は,いまこそこのテーマがぴったりあてはまるような大きなチャンスを迎えているのではないかと思います。
 残念ながら,県のホームページでみた「新・沖縄21世紀ビジョン基本計画(案)」はダメだなと思いました。官僚の作文という感じです。もっと「ちむどんどん」するようなものを書いてくれなければ困ります。沖縄を本気で変えていこうとする強いリーダーシップと斬新な発想をもった人が登場しなければ,沖縄はなかなか現状を打開できないでしょう。うまくいけば,一気にLeapfrog 的発展が期待できるのに,もったいないです。これは,沖縄への愛を込めた激励です。

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