2021年4月12日 (月)

松山マスターズ優勝

 松山英樹のマスターズ優勝は感動しましたね。私は,ゴルフをまったくしませんが,昔はよく戸張捷の解説でゴルフをみていました。日本人のメジャー大会への挑戦といえば,私が印象的に残っているのは,1986年の全英オープンのときの中嶋常幸でした。最終日には2位で,日本のマスコミは大いに騒いでいました。イギリスの寒そうなところで,最終日が始まったのを覚えています。中嶋は,日本のために頑張るという趣旨のことを語っていて,どことなく悲壮感がありました。結果は,大崩れして8位だったのですが,やはりメジャー大会を征するのは大変だと思ったものです。あれから35年も経つのですね。松山英樹がついにマスターズを征しました。3日までで単独1位で,最終日に,最終組で回るのは大変な緊張だったと思いますし,最後はボギーが続いて1打差まで追い上げられましたが,逃げ切りました。といっても,最終18番では1ボギーをたたいても勝てる差がついていたので,そこではかなり安心できる状況でしたが,2打目がバンカーに入ったときはドキドキしました。私はリアルタイムではみていませんでしたが,あとでみてもハラハラしました。解説の中嶋常幸が泣いていましたね。実況のアナウンサーも泣いていました。おじさんたちが放送で泣けるくらいすごい快挙です。松山が英語で話さないのは困ったものという気もしましたが,アメリカ人が温かく彼を祝してくれてよかったです。やればできる,というほど甘いものではないでしょう。才能に恵まれても,努力と運がなければ勝てません。今日も,13番で木にあたった球がフェアウェイのほうに戻ってきましたね。1987年の全米オープンで,中嶋は途中までトップにいたのに,木にあたった球が落ちてこずにロストボールになるという不運で,その後,崩れてしまいました。これまでも日本人がメジャー大会では何度も跳ね返されて,松山も苦しんできたのですが,今日は運も味方につけて乗り越えました。ほんとうに良いものを見せてもらいました。感動をありがとうと言いたいですね。

2021年4月11日 (日)

ドイツの労働政策の動向

 ドイツの労働政策の動向について,現在はJILPTの山本陽大さんの精力的な研究発表のおかげで,ドイツの情報を,ほとんどタイムラグなしに,しかも日本語で入手できるので助かります。外国法の状況は,これまでは研究者の問題関心によるところが大きいので断片的なものとなることが多く,しかも多少のバイアスもかかってくるので,結局は自分で確認せざるを得なくなることが少なくないのですが,山本君の登場から,そういう心配がなくなりました。これはJILPTという政府系の調査研究機関の存在意義を高めるもので,JILPTに重要な貢献をしていると思いますね。
 今回,彼からいただいたのは,『労働政策研究報告書 No.209 第四次産業革命と労働法政策―“労働4.0”をめぐるドイツ法の動向からみた日本法の課題』です。第4次産業革命という言葉の生みの親であるドイツにおける,技術革新と労働政策については,これまでも彼自身がたびたび調査報告してくれていますが,今回も最新の動向を知らせてくれました。どうもありがとうございました。職業訓練政策が重要視されていることや,ギグワーク的な働き方(クラウドワーク)の労働者性が問題となっていること,個人情報保護が問題となっていることなど,たいへん示唆的です。
 私自身は,労働者性の問題は,最終的には立法論的解決しかないと考えており,自分のなかでは決着が付いているのです(拙著『人事労働法』(弘文堂)86頁を参照)が,その他については,拙著『デジタル変革後の「労働」と「法」―真の働き方改革とは何か?』(日本法令)の最終章で,相互に連関する課題として,個人情報保護,プライバシーと差別,格差(デジタルデバイドなど),教育を挙げています。ドイツの議論と交錯するところもあるので,今後,彼からいろいろ教わりながら,私自身の政策提言のブラッシュアップに努めていきたいと思います。
 また同君からは,他の若手研究者と行なったドイツ法の翻訳の資料をおさめた,JILPTの資料シリーズNo.238の『現代ドイツ労働法令集 Ⅱ ―集団的労使関係法,非正規雇用法,国際労働私法,家内労働法』もいただきました。これだけの基礎資料がそろうと,ドイツ労働法の研究は,とても助かりますね。今後はこうした情報を活かした立派な理論研究が出てくることでしょう。
 私の目につくものに偏りがあるのかもしれませんが,なんとなく比較法のすぐれた情報がドイツ法に傾きすぎている感じもしますね。JILPTでは,比較法というと,独仏英米となりますが,質的にも量的にも,ドイツ法が圧倒しているような気がしています。今後はもっと他国の情報も広がってくれればよいのですが。

2021年4月10日 (土)

労働組合をめぐる日米の違い

  今朝の日本経済新聞で,「米アマゾン・ドット・コムが南部アラバマ州で運営する物流施設で労働組合結成の是非を問う従業員投票があり,反対多数で否決した」という記事が出ていました。詳細はよくわからないところがあるのですが,排他的交渉代表権限を得るための選挙がなされたということでしょう。アメリカでは,この組合化(unonization)をめぐる選挙が,労使のたいへんな攻防となることがよくあります(日本の労働組合がいとも簡単に団体交渉権を得ることができるのと大きな違いです)。
 アメリカの労働組合は,単に結成しただけでは,使用者と団体交渉をすることはできません。使用者が任意に応じてくれればともかく,そうでないかぎり,一定の交渉単位(NLRBという日本の労働委員会に相当する機関で決定する)の範囲で,選挙を実施して過半数の支持を得なければなりません。その選挙の実施を申請するためには,30%以上の支持の署名を得ていなければなりません。選挙が実施され過半数の支持を得た労働組合は,当該交渉単位において,排他的交渉代表権限を得ることができます。その労働組合に投票をしなかった従業員も,その交渉代表権を得た労働組合によって代表されます。
  こうした独特の制度があることを知らなければ,アメリカの労働組合の話はよく理解できないでしょう。日本では,過半数を得なくても,いかなる労働組合であっても団体交渉を申し込むことができます。排他的交渉代表権をもつ労働組合はありません。また労働組合が,組合に加入しない従業員を代表するということもありません(締結された労働協約が,一定の要件を得れば,非組合員にも適用される一般的拘束力という制度はありますが)。
 排他的交渉代表権をもつアメリカの労働組合は,当該交渉単位におけるいわば公的な代表というイメージです。自らを支持していない従業員の利益も公正に代表しなければなりません。これが公正代表義務と呼ばれるものです。
   日本の労働組合法制は複数組合主義であり,組織原理としては,私的な任意団体とみるべきものです。アメリカは,労働組合の結成自体は複数組合主義的ですが,実際に団体交渉という場面になると違っています。アメリカ法の影響を受けた日本の研究者は,労働組合をアメリカ風に公的団体ととらえて解釈論を展開する傾向にあります(公的団体論については,拙著『労働者代表法制に関する研究』(2007年,有斐閣)の118頁も参照)。例えば,過半数の支持を得ていない少数派労働組合が,団体交渉ができることについて疑問をなげかける見解がそれです。しかし,これまでの憲法解釈上は,少数派の団体交渉権を否定する解釈はとれないとされています。もっとも,就業規則の意見聴取を受けたり,三六協定の締結をしたりする過半数代表の地位には,少数派労働組合はつくことができないのであり,アメリカ的なmajority rule の発想が,労働組合法ではなく,労働基準法において認められているのは興味深いです。
  なお,アメリカ法の交渉代表制度の正確な説明については,中窪裕也『アメリカ労働法(第2版)』(2010年,弘文堂)104頁以下で,ぜひ確認してください。

 

 

 

阪神が好調

 今年は久しぶりに阪神タイガースが気になるシーズンになりました。今年の阪神は,藤波が投げ,佐藤が打つというのが新たな売りになるということを示すような,今日のDNA戦の快勝でしたね。
 今日はとくに,ルーキーの佐藤輝明の超特大場外ホームランで盛り上がりました。佐藤は,打率は2割に届いておらず,三振も多いのですが,ホームランの魅力があり,打っても打たなくても,佐藤をみたいというファンが多いと思います。こういう日本人選手は,ほんとうに阪神では久しぶりではないでしょうか。身体も大きいですが,桁違いのスケールで,オーラがあります。ドラフト2位の伊藤将司も,開幕からローションに入っていて,先日は新人の勝利1番乗りを果たしています。井川の再来という感じでしょうかね。さらにドラフト6位の中野も1軍に定着で,欠かせない選手になっています。糸原と似たタイプですが,社会人出身の即戦力ルーキーで期待がもてます。これだけ新人が活躍すると監督も助かりますよね。長年阪神を支えた鳥谷はすでにロッテに移り,今年から福留や能見も移籍して,少し前までベテランに頼っていた阪神は大きく様変わりしました。佐藤は外せない選手になっていて,今年は陽川も好調なので,糸井の出番がありませんね。これが長年願っていた世代交代です。投手陣は,あまり期待していなかった藤波が完全復活し,これまで好投しても勝ち星がなかったのが,今日,ようやく1勝がつきました。藤波⇒青柳⇒ガンケル⇒西⇒伊藤⇒秋山の6本柱は安定していて,これに高橋遥人が戻ってくれば,もう先発陣は十分です。このほかにも,外国勢は,打撃陣のマルテやサンズは好調ですし,おさえのスアレスも良さそうです。以前は先発要員であった岩貞をなかつぎにし,岩崎も好調のようなので,そんなに連敗しそうにない陣容が整いました。
 ついでに将棋の話をすると,今日,叡王戦の段位別の八段戦で,藤井聡太二冠が広瀬章人八段と戦ったのですが,藤井二冠が強すぎました。あっという間に相手玉を寄せてしまい,バリバリのA級棋士の広瀬八段を圧倒しました。これで18連勝です。その間に勝っている相手には,渡辺名人や豊島竜王も含まれていて,いよいよ無敵状況になってきましたね。誰が止めるでしょうか。

2021年4月 8日 (木)

名人戦始まる

 将棋ファンにとっては,春といえば名人戦です。昨日から名人戦が始まりました。ただ,その前に,将棋界に激震が走りましたね。ハッシーこと橋本崇戴八段が,家族の問題から引退しました。棋士が,加齢で弱くなったわけでもなく,健康上の問題もないのに,引退というのは異例のことではないでしょうか。残念です。
 女流で男性棋士にバンバン勝っている西山朋佳女流三冠は,奨励会を退会しましたね。プロ棋士にあと一歩のところまで来ていたのですが,限界を感じたのでしょうか。里見香奈さんもそうでしたが,女流棋士ではお互いにしか負けないくらい強い二強ですが,それでもプロ棋士の四段になれないというのは,厳しいですね。女性で初のプロ棋士はいつ誕生するでしょうかね。西山さんと里見さんは女流の世界で覇を競いことになるでしょう。
 名人戦に話を戻すと,名人初挑戦の斎藤慎太郎八段が,渡辺明名人との第1局で,途中までは名人ペースで勝勢というところまでいっていたのですが,粘りに粘って,自陣に金や銀をペタペタ打って要塞を築きながら,名人の攻め駒であった龍を消し,馬も追いかけながら,最後は相手の鉄壁であった穴熊を崩し,見事に勝利を収めました。ただ初戦は,名人も相手のお手並み拝見というところであったのかもしれません。ここからが強いのが渡辺名人です。第2局以降も楽しみです。個人的には,斎藤八段に,名人位を関西に持ち帰ってほしいです。
 その他の棋戦では,藤井聡太王位への挑戦を争っている王位戦の挑戦者決定リーグがかなり進んでいます。紅組は,木村一基九段,豊島将之竜王,澤田真吾七段が31敗で並んでいます。現在,斎藤八段は2敗ですが,まだチャンスはあります。白組は羽生善治九段が3連勝で走っていますが,永瀬拓矢王座が2連勝で,2人の直接対決が残っているので,羽生有利とは言い切れません。ただ,若手に囲まれるなか羽生九段の頑張りが目を引きます。もう一つ,同じく藤井聡太二冠がタイトルをもつ棋聖戦では,決勝トーナメントで4強がそろいました。準決勝は,永瀬王座対中村大地七段,そして山崎隆之八段対渡辺名人です。順当なら渡辺対永瀬の決勝となりそうで,そうなると王将戦の再来となりますが,ここはA級棋士となった山崎八段の意地をみたいところです。

2021年4月 7日 (水)

公務員の定年延長法案は批判されるべきものか

 今朝の日本経済新聞で,「官優遇の定年延長では困る」というタイトルの社説が出ていましたが,その内容には首をかしげるところもありました。民間では定年後の雇用確保義務はあるが,定年年齢は60歳でよいことになっており,実際に60歳定年が多いのに,公務員だけ定年を65歳に延長するのは「民間を大幅に上回る待遇を公務員に与える」異例のもので,よくないという批判なのですが,この改正案は,給与についてまで保障していると言っているわけではありませんし,役職定年の導入も考えているようです(siryou1.pdf (cas.go.jp))。むしろ民間の事業主に高年齢者雇用安定法の改正で65歳を超え70歳までの就業確保の努力義務を課していることもふまえると,公務員について率先して定年を65歳に引き上げる(改正後の国家公務員法81条の62項)のは,望ましいものと思えます。もともと公務員の定年延長は,天下りを減らすことにもつながるので,望ましいこととされてきたように思います。昨年の検察官の定年延長問題で,何となく定年延長の話がうさんくさいものとなってしまいましたが,あれは特定の個人に対する優遇が関係する特殊な事例で,それとは区別して考えるべきなのは当然です。
 この社説では,民においてなかなか定年延長が進まないのに,官が先行するのは不公平だということを強調したいようです。でも,民がなかなか進まないからこそ,官が率先してやることに意味があるという見方もできるでしょう。むしろ,テレワークのように,官が率先してやらないから,民も進まないということもあるのです。もしテレワークを官が率先してやったら,これも官優遇ということになるのでしょうか。そういうことではないと思います。
 公務員の定年延長がよくない理由として,公務員が多すぎて困るというようなことであれば,わからないではありませんが,現在の国家公務員の過労状態をみると,むしろ人員不足と言うべきでしょう。国家公務員の現状をみると,今後,優秀な若者が国家公務員になりたがらない可能性もあり,それへの配慮も必要です。定年延長がそのための解決になるとは思いませんが,公務員も民間並に,あるいは民間以上に長期に働けるというのは,それなりのアピールになるのではないでしょうか(もちろん,長期安定雇用を期待して公務員を志望する者ばかりになるのも困るのですが)。私たちは,公務員に良い人材が集まるためには,どうすればよいかということを,常に考えておくべきです。公務員に良い人材が集まらないような国や地方に未来はありません。高級役人には腹立たしい人やイヤな奴もいるでしょうが,それとこれとは話は別です。以上の理由で,私は公務員の定年延長には賛成したいですし,その一方で,問題のある公務員(とくに高級公務員)についての処分は厳正にすべきで,そういう公務員に対しては雇用保障への配慮は不要だと考えています。

2021年4月 6日 (火)

川口美貴『労働法(第5版)』

 大学の事務から,小包サイズの書籍が届いたという連絡があり,どんな巨大な本なのかと思って,本日大学に行ったら,川口さんの『労働法』(信山社)の第5版でした。前に第4版をいただいたばかりだったので,想定していませんでした。重厚長大化する労働法の教科書の配送はたいへんなコストがかかっているのではないかと心配です。
 それはさておき,ほんとうに,いつもお気遣いいただき,有り難うございます。まずは旧労働契約法20条に関する最高裁判決が追加されたということなので,お説拝聴しました。もともと私とは考え方がまったく相容れない論点なのですが,あまりにも立場が違いすぎるので,コメントが難しいです。
 第5版が出て困ったのは,私は『人事労働法』において,川口さんのこのご本を,数少ない略語使用する頻出文献に入れ,第4版の頁で引用していたので,いきなり拙著の情報が古くなってしまったことです。引用していた部分が改説されていないかのチェックもしなければなりませんが,その点は,拙著が増刷されることがあれば(たぶんないですが),そのときにさせてもらえればと思います。
 ところで拙著では,文献の引用はかなり絞ったため,なんで私のものがあがっていないのか,というお叱りを受けるかもしれません。とくに教科書・体系書は,比較的新しいもので単著に限定したため,菅野和夫『労働法(第12版)』,荒木尚志『労働法(第4版)』,土田道夫『労働契約法(第2版)』,西谷敏『労働法(第3版)』,水町勇一郎『詳解労働法』と,それと川口『労働法』だけに絞りました。もっと思い切って絞るならば,菅野『労働法』と西谷『労働法』だけでよいのですが,これではちょっと狭すぎるだろうということで,手堅い通説として荒木『労働法』,新たな通説的立場を狙いつつあり,かつ何でも書いてある水町『詳解労働法』,個性ある体系書の香りが強い土田『労働契約法』,独自の世界で突っ走っている川口『労働法』をそろえれば,現在の労働法学説の全体を知るのに必要な最小限のものはそろっていると判断を下しました。もちろん,このほかにも参照すべき水準の高い体系書としては,野川忍『労働法』(日本評論社)がありますし,個別法では,下井隆史『労働基準法(第5版)』(有斐閣),(個別法と違い古いものでも色あせない)集団法では,山口浩一郎『労働組合法(第2版)』がありますが,これらは紙数の都合もあり個別の参照にとどめています(ただし,山口『労働組合法』は,拙著では特別な位置づけであり,それは「はしがき」を読んでいただければわかると思います)。またとくに引用はしていませんが,参照した重要文献として,山川隆一『雇用関係法(第4版)』があります。労働法の教科書であれば,石井照久『労働法』,石川『労働組合法』,片岡『労働法』,久保=浜田『労働法』,中窪=野田『労働法の世界』,安枝=西村『労働法』,渡辺章『労働法講義』あたりは,最低限掲げておくべきなのでしょうし(ただし,石川『労働組合法』は参考文献で言及しています),その他にも挙げるべき教科書や体系書はあるでしょうが,拙著の性質上(その意味は,拙著を読んでご判断ください),あえて挙げなかったことをお許しいただければと思います。

 

 

2021年4月 5日 (月)

「いただきます」と「Buon appetito」

 イタリアで,数人で食事をするときには,お互いに「Buon appetito」と互いに言います(フランス語でも,ほぼ同じ音)。よくイタリア人から,日本語では,この場合に何と言うのかと聞かれて,しかたなく「いただきます(itadachi-masu)」と答えるのですが,これは言葉の意味としては対応しておらず,たんに食事の最初に話すところが同じというだけです。イタリア語の意味は,直訳すると「良い食欲を」という身も蓋もないものとなりますが,食事を楽しんでね,というくらいのニュアンスでしょう。互いにそう言い合うのです。仕事途中にBarでコーヒーを飲みに行く同僚に「buon caffè」と声をかけるのも,コーヒーを楽しんでね,という感じでしょう。仕事に行く友人に「buon lavoro」と言うのは,「がんばってね」というくらいのニュアンスでしょうか。みんな声をかければ,にっこり「Grazie(ありがとう)」とか,「Altrettanto(君もね)」とか返してくれます。
 とにかく「Buon appetito」は,「いただきます」とは意味がまったく違うのです。「いただきます」は,その場にいる人に対してではなく,食材をつくってくれた人に対して言うものでしょう。具体的には,通常,農家の方の勤労に感謝した言葉となるでしょう。あるいは調理をしてくれた人に対して言ってもよいような気がします。家族が,食事をつくってくれたお母さんに感謝して「いただきます」と言う感じです(ジェンダー的に,こういう文章はダメかもしれませんが,私の場合は多くは母が食事を作っていたので,許してください。なお,私もファミマの「お母さん食堂」は,ちょっと気になるなとは思っています。商品として売り出すときのネーミングには気を付けましょう)。
 でも一番感謝しなければならないのは,私たちが生きるために,命を落としてくれた生き物に対してでしょう。とりわけ肉を食べるときがそうです。最近では,動物である私たちは,光合成ができる植物と違って,生き延びるためには動かなくていけないのであり,人が動くと書く「働く」は,動物である人間の宿命を表している,というようなことを,よく言っています(拙著『デジタル変革後の「労働」と「法」』(日本法令)の34頁でも触れています)。これは語源がそうであるというような厳密な議論ではないのですが,話の枕として使っています。私たちが,動物の宿命として,食物を狩猟・採集したり,耕作したりするという「労働」をしなければならないのは,確かです。ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』(河出書房新社)では,ホモ・サピエンスは,農業革命以降,小麦にしてやられたと指摘していて,それは種のサバイバルという点では,そのとおりです(小麦は人間を使って大躍進した)が,一粒ずつの小麦は,私たちのために命を落としているとも言えそうです。植物はともかく,動物となると,それはいっそうリアルなものです。牛や鶏は哀れなものです。人間は動物にずいぶんとひどいことをしてきています。たんに食べるだけではなく,家畜化したり,人間に都合の悪いものを殺して,都合のよい遺伝子をもつものだけを残したりしています。この悪行へのお詫びや贖罪として,せめて「いただきます」という感謝の言葉はかけましょうと言いたいところで,日本語には,よい言葉が残っていると思います。これは子どもたちにも,しっかり伝えていきたいですね。 
 宮沢賢治の「注文の多い料理店」は,人間に食べられる動物への感謝を忘れるとどうなるかを教えてくれる作品です。Cotoletta alla Milanese (ミラノ風カツレツ)を3500円で食べるということは,どういうことなのかを考えさせられてしまします。私は大好物ですが,でも「いただきます」の精神は忘れてはいけませんね(Vegetarian や Veganには慣(×⇒な)れないので,中途半端ですが)。「注文の多い料理店」は,現代人が必ず読まなければならない本です。

2021年4月 4日 (日)

高橋賢司他『テキストブック労働法』

  高橋賢司・橋本陽子・本庄淳志『テキストブック労働法』(中央経済社)をいただきました。お気遣いいただき,ありがとうございました。とても爽やかな装丁ですね。著者3人の組み合わせは,私には意外な感じですが,どういう接点があったのでしょうね。編集者の露本さん(私は,解雇,労働時間制度,非正社員の『改革』3シリーズを出すときに,お世話になったことがあります)が,引き合わされたのでしょうかね。もちろん3人は,ドイツ法を専門としており,そこに共通性があります。橋本さんと高橋さんは,橋本編『EU・ドイツの労働者概念と労働時間法』(信山社)に高橋さんが参加していますね。
 3人は,それぞれ解雇,労働者概念,労働者派遣のエキスパートであり,どちらかというと専門書執筆タイプのように思われるのですが,分担して概説書を書くということで,そこからどういう相乗効果が出るのか楽しみです。ただ概説書となると,腕のうるいどころがあまりないのも事実で,本書でもどうも「コラム」あたりで独自色を出すということにしているのかな,と思いました(概説書としてはややマニアックな外国法の話が出てきたり,団体法の箇所のコラムで団体法に関係ない話が出てきたりで,コラムはかなり個性的です)。
 3人で知恵を結集させることにより,穴のない穏当なものとなるのが共著のメリットでしょうね。私の『人事労働法』(弘文堂)のように,一人で書いて自分の個性を縦横無尽に出してしまっている拙著とは対照的な感じです。

 

 

 

2021年4月 3日 (土)

池田心豪『仕事と介護の両立』

 佐藤博樹・武石恵美子責任編集の「ダイバーシティ経営」のシリーズで,今度は,池田心豪『仕事と介護の両立』(中央経済社)をいただきました。どうもありがとうございました。私のような者にまでお気遣いいただき感謝します。
 JILPTの主任研究員である池田さんの話は,以前にJIRRAの研究会でお聞きしたような記憶があり,ブログでも採り上げたような気がします。介護と労働の問題については,すぐに名前があがる方だと思います。
 育児介護休業法は,文字どおり,育児と介護を並列しており,休業をはじめとする様々な保障内容もほぼ相似形ですが,池田さんは,育児と介護は違うのであって,介護はそれ特有の問題に合わせたアプローチをしなければならないと主張されています。育児や介護を,企業にとって福利厚生の延長上のもので,それが法制度化されたものにすぎないという捉え方をすれば,両者は同じようなものとして一括りできるのでしょうが,育児や介護に関する社会的な課題をどう解決するかという観点からみれば両者はかなり問題状況が違っており,企業としても,そういう違いをふまえてワーク・ライフ・バランスや両立支援の実現をしていかなければならない,ということでしょう。
 実は私が今回刊行した『人事労働法』では,ワーク・ライフ・バランスの章のなかでは「育児・介護」として一括して扱っていますが,これは法的な観点からのものであり,拙著のもう一つのメッセージである企業の社会的責任(CSR)という観点からは,従業員のニーズに合った踏み込んだ企業の対応が必要であり,育児と介護を簡単に一緒にしてはいけないという話につながると思います。
 もっとも,介護については,そもそも従業員が個人で負担をしなければならないという事態を改善する必要があるという論点もあります。池田さんの本にも出てきますが,介護の場合は,育児と違い,仕事を継続しながらもできることが多いが,そのときにはプレゼンティズムの問題が出てくるのです。仕事の能率の低下です。また,夜泣きで起こされてしまって,翌日の仕事に支障があるというのは育児でも起こるのですが,育児の場合はいつかは終わるという出口がみえているのに対し,介護は出口がみえないところに大きな違いがあるという池田さんの指摘は,そのとおりだと思います。最近のように高年齢で子どもをもつことが出てくると,育児と介護が同時に及んでくることもありますので,そうしたときの介護はほんとうに大変です。介護の社会化が進み,介護休業をとる必要がなく,また介護離職せざるをえないような事態も起こらない社会になることを願いたいですね。
 介護には,これからの労働需要の増大が必至ということで雇用政策・産業政策的にも注目される面がありますし,ロボットなどのデジタル技術の活用が大いに期待されるという面もあります。さらに外国人労働者の活用への期待も大きいなど,労働政策上の重要論点と多面的にかかわっています。それに加えて,自らが介護をする場合においても,テレワークが有効であるという点で,現在の最優先の政策課題の一つにも関係してきます。
 いずれにせよ,経営戦略という狭い面だけでなく,幅広い政策課題の観点から考える際にも,まずは池田さんの本を読んで,しっかり勉強しておく必要があるでしょうね。

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